日常こそ、幸せの宝庫

日常こそ、幸せ

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

最近うれしいことがありました。
ずっと心が辛い状態に置かれていた友人がいたのですが
彼女から、当たり前の生活の中で幸せを感じられるようになったという
ほっこりするメールがもらえるようになってきたのです。

実は私も最近、大嫌いだった掃除をしながら
楽しい、幸せと思えるようになってきました。

小さい頃、私は自分自身が幸せになれるとは到底思えませんでした。
そして、幸せになることを目標にするのは何となくはばかられ、
そんなものなくても生きていける、と強がっていた時代があったのです。

そして今。
大きな野望や夢などなくとも、今ある現状に満足し、幸せだと感じている自分がいます。

そう感じるようになったのは、両親が遊びに来た時から。
「気づき」を得たときからなのです。

今日はそれを思い返しながら、幸せとは、と考えてみようかと思っています。

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 ◆「召使い」の元型であった母
 
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両親が大阪に遊びに来るというビッグイベントのお話は先日書いた通りです。
その時にいろいろ興味深いことがあったのですが、
その中でも今回は母についての気づきを述べたいと思います。

私は母が嫌いでした。
どんなに父が自己中心的でも、それを受け入れ
私には我慢してね、というようなことを言うばかり。

父の家庭内での姿は私にとって心を痛める要因でしかなく
それをかばう母も同罪だと感じていました。
到底我慢しきれるものではなかったのです。

しかし同時に、父は私のことを本当に可愛がってくれていました。
母がそれに対して不快感をあらわにすることは皆無で
それを子どもながらに不思議だと思っていたことを思い出します。

そんな母を見ながら、母は共依存している、とずっと思いこんでいました。
父と離れたら、母はきっとやっていけないのだろう、自立なんてできない人なのだろうと。

しかし、今回遊びに来ていた父母の様子を見ていて
特に母の表情を見ていて、ああ、この人は「召使い」の元型に
忠実に生きているのだと感じたのです。

これで幸せなのだ、と。
父に対しての「召使い」という役割を徹底してこなしている
それこそが母の幸せであるのだとひしひしと感じられました。

父が私をかわいがっていても不快感を表さなかったのは
「召使い」だったからなんですね。
主人の喜びが自分の喜びだったんです。

本当は「母」という元型もあるのですが、私の母には関係なかったようです^^;

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 ◆人生を精いっぱいやりきること
 
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私は、共依存のままでもいいと言いつつ、心のどこかで「人間は成長すべきなのだから」という思いが捨てきれないでいました。
いい、と言いつつも、自立すべきである、という思いがあったのです。

しかし、今回母を見て、その思いは吹き飛びました。

自分の人生を、元型にそって精いっぱいやりきる。

与えられた人生を一生懸命生き抜くことこそが尊ぶべきこと。
それがたとえ共依存の一生だったとしても
苦しみの一生だったとしても、です。
その人に与えられる人生はその人それぞれでとてもバラエティに富んでいます。

それでよいのだ、ということに気付いて以来、目まぐるしい変化が私のもとに訪れました。
これはまた別の時にお話するとして、今日は幸せということについて
私なりに考えをまとめてみました。

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 ◆手元にあることの喜び
 
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ほしいものが手に入り、自分が好きなものに囲まれて過ごす人生は
とても幸せです。
実際私だってお金が好き、そして欲しいものは自分の手元に置きたいと思います。

その大元である「欲望」は限りがありません。
なぜそこまで求めてしまうのか、それは私たちの中に

今日も明日も食べ物があるとは限らないのではないか
何かに襲われるのではないか
今夜安心して眠れる場所がないのではないか
というような恐れがあるからです。

生きていく上で欠かせない衣食住が得られないのではないか、という恐怖です。

きっとこの恐怖は私たちの遺伝子の中に組み込まれていて
どんなに幸せで平和な時代になっていたとしても
ずっと抱き続けるものなのでしょう。

だからこそ人間は保障を欲しがり、その対価としてお金を払うために
お金をためておこうとするのです。

そして、自分一人では不安だからこそお金が欲しい。
一緒にいてくれる人がほしいし、力がほしいのです。

それがあることにより、恐怖に打ち勝つことができるからです。

しかし、ほしいものをある程度手に入れることができる段階では
まだまだ、もっともっと、と求め続けることになり
逆に恐怖に支配されてしまいます。

だからこそ、できることは手抜きせずにやりましょう。
稼げる人は稼ぎ、ほしいものが次々に手に入れられる
その環境を堪能しましょう。

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 ◆動くことができる喜び
 
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動ける幸せ

次は、動くことができるかどうか考えていきましょう。

自分のために、人のために力を発揮する。
誰かの役に立つために勉強をし、資格を取る。

しかし、自分がしたくないのに無理やり

何でもできる人でなければ!
一番でなければ!
資格を取って認められなければ!

という思いに駆られて辛いことを続けることになると
それはちょっと辛いですね。

しかし、その辛さも含め、できる限りのことをやってみてください。
せっせと頑張って、十二分に体験を積むのです。

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 ◆そこに存在するという喜び
 
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あなたがいて、家族がいて、当たり前の朝が始まる。
この当たり前を幸せである、と感じるのは意外にも難しいこと。

当たり前の幸せに気付くって大変なことなんです。

幸せが「ある」、この瞬間が「存在する」
でも、この次元にはないものがあるのをご存知でしょうか。

努力、目標、能力、そして夢や希望・・・
これは「ない」ものなんですよ。

これらがないからこそ、多額の借金や重い病気、苦痛・・・
これれがあったとしても、「幸せ」に気付くことができるようになるのです。

ただただ、今あるものを受け取るだけだから。
何も特別なものを持っていなくても幸せでいられるようになれるのです。

ただし、人が没落したのを見て、自分は財産も何もなくて失うものがなくてよかった。
そういうふうに思うようなものはちょっと違いますので気を付けてくださいね。

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 ◆今ここに幸せはある
 
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「手に入れる」から「動く」という方向にシフトしても
「動く」から「存在する」にシフトしても、どの幸せも消えることはありません。

ただ受け入れることができる、そこに存在するだけで幸せであると感じられるようになると、何かをやたら持ちたがったり欲しがったりすることがなくなります。

そこから先は、あなたらしく楽しむのが一番です。
豊かに暮らすもよし、ものが手元になくても幸せ、という環境を堪能するもよしです。

今、そこにある幸せ。
それに気づくことができるようになれば、あなたの心の闇となっている「闇」の元型は
消えていきます。

そして、あえてそこを見つめなおすことにより、私たちが必要な「気づき」を
手に入れやすくすることができていくのです。