インカ族の聖なる谷・2018聖地巡礼の旅・虹のマチュピチュ紀行文2



ペルーやインカを理解するために必要な基礎知識がいくつかあります。
その一つは、地形と気候です。

ペルーは縦に3つに気候が分割されています。
海側沿いの細い地域が砂漠地帯。
その東側はアンデス山脈の山岳地帯。
その東側はアマゾンの熱帯雨林。

全く違う気候が縦に並んでいる、面白い構造です。

もう一つの重要な基礎知識は、アンデスの人々の世界観です。
宇宙には、命の力を意味するカウサイに満ち溢れた、3つの世界があります。天上界を表すのがコンドル、地上を表すのがピューマあるいはジャガー、下界が蛇です。
この3つの世界の概念は、すべての遺跡でのガイドさんの解説に必ず出てきました。

今回はアマゾンには行けなかったので、アンデス山脈の山岳地帯にあるマチュピチュやチチカカ湖、海岸の砂漠地帯にあるナスカの地上絵、と周ってきました。
地形の違いが気候の違いを生み、文化の違いにも影響を及ぼすのが実感できた事も、収穫でした。

今回の旅の一番の目的は山岳地帯の「マチュピチュ」に行くことですが、マチュピチュの手前に「聖なる谷」がありました。聖なる谷とは、ピサックとオリャンタイタンボの間にある長い谷間の地域をいいます。

以下の写真はピサックと呼ばれる場所です。

山岳地帯ですから、標高が高いです。3446mですから、空気が薄くて高山病注意地帯です。
そしてこの谷や川を、インカ族の天文学者や祭祀たちは、天の川の投影だと考えました。
天の川はこの地に暮らす人々にとっては、宇宙や儀式の中心をなす存在として重要だそうです。
そしてこの土地も非常に神聖な土地として大切にされていたそうです。

インカの星座は、リャマやコンドル、木々などがあるそうです。

山肌にウネウネと道が穿たれています。
空気が薄いために樹木も生える限界のようです。
このピサックの地にある石造りの建造物は、要塞などの軍事部分、祈りの場所や太陽の神殿(インティワタナ)のある宗教部分、選ばれた人たちが暮らす住居部分の3つに分けられていたそうです。

そしてこの谷間は、地形により様々なエネルギーが集まり、不思議な力が備わっていると言われています。
私たちは残念ながら、そのようなエネルギーはあまり感じる事が出来ませんでした。
でも、ちょっと不思議な感じのする場所でした。

下の写真は、石垣を作るときに作られた石の階段です。
こういう作り方をされた石の階段は、あちこちで見かけました。
たしかマチュピチュにもありました。

木が大きく育つのが難しい地域で、しかも岩はどこにでもある、という土地柄ですから、建造物に岩・石を使うのは当たり前ですね。

降りてくると、ちゃんとお土産やさんがあります。
非常にカラフルで、色彩感覚に優れていて、眺めているだけで幸せな気持ちになります。

下の写真も、店の柱を借りて機織りをする女性が写っています。
リャマやアルパカの毛を紡いで、少しでも時間があればこのような手仕事をする女性をたくさん見かけました。

そしてオリャンタイタンボの遺跡です。
ここは水に恵まれた土地でした。周囲の山々から流れ落ちてくる水が川となり、段々のテラスの中を通って流れていました。

ピサックからオリャンタイタンボの「聖なる谷」の地域は、ジャングル地帯の入り口に近いために様々な農作物が収穫され、王様の衣装に使用する美しい羽根をもつ鳥など多種多様な資源がクスコにもたらされていたそうです。

下の写真は水の神殿と呼ばれる遺跡です。

下の写真の水の流れも美しいですね。
太陽の火と湧き水、山の精霊と水の精霊、この二つがあって聖域が作られます。

この美しいみずみずしい場所は、実はとても広い遺跡だったのですが、時間がなくて私たちはこの美しい水の場所しか見ることが出来ませんでした。

多分、、、かなり私の空想が入っていますが、、、
この後にご紹介するマチュピチュは、圧倒的に祈りの場です。儀式、祭礼、祈り、など、神と繋がるために作られた場所なのですが、この聖なる谷は、マチュピチュに繋がるインカ道の入り口であり、マチュピチュの奥に広がるジャングルと、ジャングルに暮らす人々との政治や交易の場所だったように感じました。
つまりマチュピチュよりももっと人間的な場所なのです。
聖なるものと俗なるものの出会う場所だと私は感じました。

それにしても「水」があることの幸せ。
水は「命の源」です。

私たちが訪れた夏至(現地では冬至)の直前の時期は乾季で、空気が非常に乾燥していました。
乾燥に弱い私はかなり予防していたにもかかわらず、爪がどんどん乾燥して割れていました。
ですから、このような「水」に出会うと、細胞が芯から喜ぶような感覚になりました。

次回はいよいよマチュピチュです。