受け取り、そして一緒にいること

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

人はどんな時に癒されるのでしょうか。
そして、人はどんな時に、人との深いつながりを感じるのでしょうか。

そんなことを考えていて、ふと思い浮かんだこと。

文字にしてみたら、すごくハイレベルな話になってしまいました・・・。
こんなことはそうそうできることではありません。
でも、できないとしても、こういう世界があると分かっていれば
何かが変わるかも。

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 ◆受け取り
 
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受け取るということ

その時、私はカウンセラーとして教育分析を受けている時でした。
グループワークをしている時に、詳しい内容は忘れてしまいましたが、
参加していた1人が、誰にも言えない、言っても理解してもらえそうにない、しかも
解決方法さえもないようなことを話しました。
先生は少し黙り込んだ後、「受け取りました」と言われたのです。

その時の声質、間、そしてその空気などを再現できたら・・と思うのですが。

その時その場にいた全員の心に「受け取ってもらえた」という、感動に近いような何かが起こったと感じました。

その体験は、内容をすっかり忘れてしまっても、いつまでも暖かさをもって
私の中にあり続けています。

それから10年後、今度は自己啓発系セミナーに参加していたことがあります。
そこでもトレーニングを受けました。
そこでは、困ったことや言いたいことがある場合には、人に話してクリアリングをする、
という習慣がありました。

聞き役はただ一言、「受け取りました」と言うのです。

でも、これは私がその前に体験した「受け取りました」とは質の異なるものでした。
おそらくですが、聞き役の人も、トレーニング中とはいえ、
本当に自分自身が受け取ってもらえた経験はほぼないと思います。
そういう言葉が、解決方法として使われていて、言われた時には
満足感もあるのですが、
「言葉一つで片づけないで、この現状を何とかしてほしい」
そういう気持ちが湧いてくるのでした。

教育分析の時には、そんなことは全く浮かばなかったのに。

この差はどこからくるのでしょうか。

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 ◆本当に「受け取る」こと
 
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本当に「受け取る」とは、
例えそれが自分の意見や習慣、考え、そして理念と全く違っていたとしても、
今その人の存在すべてを「受け取る」ことなのです。

何かを返す必要もなく、ただただ「受け取り」ます。

でも、自分が出しているエネルギーが拒否の方向だとしたら
「受け取りました」と言葉は発したとしても、食い違いがどうにもおさまりが悪いことでしょう。

しっかり受け取るためには、「自分」を中心から外す必要があります。
自分が言いたいことにストップをかけ、中立の立場できちんとポジショニングします。
それが出来なければ、受け取ることができません。
矛盾は必ず、相手に伝わってしまいます。

言い方を変えれば、

相手の意見や美醜、善悪というようなもののないところで
相手の存在を丸ごと自分の中に入れてしまうこと、だと言えるのではないでしょうか。

私たちの心には、広いスペースがありますが、
そこに目の前の、ありのままの相手を受け入れること。

相手と自分の間にあるものが消え、区別があいまいになり
繋がっている、という感覚をしっかり感じられる瞬間です。

そして初めて、相手と一緒にいる、ということが可能なのだと思います。

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 ◆一緒にいるということ
 
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繰り返しになりますが 、

話が弾みそうな話題を探したり
お茶を飲みながら会話をしたり
何らかのアドバイスをしたり
こうしたら、というような解決方法を提示したり、

というようなことではなく、
そういうことは一切せずに、

ただ、相手を丸のまま受け止め、一緒にいる

実はこれもすごく難しいことで。

やってみれば多分分かります。

沈黙が辛くなり、しゃべりたくなったり、
相手が話せばそれに返事をしたくなるし、
自分が思いついたことも話したくなるし、
答えが分かれば言いたくなるし、
あるいは、自分の仕事を思い出してキッチンに行きたくなるし、
電話もしたくなるし、
掃除もしたくなるし、
パソコンも触りたくなるし、
買い物にも行かなくちゃ・・・

このようなことが起こるはず。

人はどうしても「会話」をしたいし、それが人間関係を円満にする
コツだよね、という意見もあるでしょう。
そうだと思います。
でも、私自身は、癒しと成長に関わる事にしか興味をもっていません。
今回のお話も、そういう視点で受け取ってもらえればと思います。

「一緒にいる」ということは、

ありのままの状態の相手を正面から受け取り、ただ一緒に「居る」こと。

自分が自分らしくあるグランディングの感覚を携えたまま、
自分自身を中心から外し、あえて相手の感覚に浸る。

相手と自分の感覚がどこかで重なってしまい、区別がつかなくなるかもしれません。
そんな状態を味わいながら、変化を待たずにじっとしていれば、
何かが胸の奥から湧き上がってくるかもしれません。
それも相手と一緒にしっかり感じていると、
もしそれが言葉として浮かんできたならば、言ってみてもよいかもしれません。
アーティスティックなものとして現れれば、
表現してもいいのではないでしょうか。

そんな時に起こるのは、いわば化学変化。
問題を解決するというようなレベルではなく、錬金術のような、深い癒しのようなものです。

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 ◆終わりに
 
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赤ちゃんとママ

最初に言いましたが、これは相当ハイレベルな話です。

でもね。
赤ちゃんを産んだママが夜中にはっと目が覚めた途端、赤ちゃんが泣きだすであるとか、
母乳を与えながら、赤ちゃんの表情を見て幸せだと感じている時、
愛する人と一緒に、気付けば黙って地平線を見つめている時、
大喧嘩の後、つきものが落ちたような感覚になった時、

きっとあなたにも経験があるはずです。

それを忘れてはいけません。
それこそが、人が癒され、本来の自分に戻るための変化のきっかけです。