意味を問いすぎること

仕事の場面では
求められるというか、必要とされている「なぜ?」という質問が、
人を不幸にする元凶になる事があります。
(仕事に必要な「なぜ?」については、セミナーでお話しします)

今日は
「人を不幸にする元凶としての『なぜ?』」に
ついてのお話をします。

どんな「なぜ?」が
人を不幸にするかと言うと、
「なぜ私の人生にこんな事が起きるの?」
という性質の質問の事です。

・なぜ父親は私たちを捨てて出て行ったのか?
・なぜ母親はアル中だったのか?
・なぜ私が小さい時に兄弟は死んだのか?
・なぜ祖父は母に暴力を振るっていたのか?
・なぜ父は浮気をしていたのか?
・なぜ母親は私よりも兄を愛していたのか?
・なぜあの時自分は事故にあったのか?
・なせあの試験に合格できなかったのか?
・なぜあの人ばかりが注目されるのか?
・なぜ私はこんなに飽きっぽいのか?
・なぜ…
・なぜ…
・なぜ…

こういう「なぜ?」が
実のところ、あなたを不幸にしています。

不動明王リンク

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 ◆エゴ様の登場
 
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スピリチュアルな学びが
広く知られるようになって、
「起きる事は全て自分の責任」という
発想も出てきましたが

物心がつく前の事や、
生まれつきの事は納得がいかない。
はずです。

しかし
こういった「なぜ?」は
エゴ様の罠です。

エゴ様はあくまで「納得できる答え」を要求してくるけれど、
「納得できる答え」は
この場合、一生手に入らないかもしれません。

もしあなたが「納得出来る答え」を
探しているとしたら
これについては、諦めた方がいいかもしれません。

スピリチュアルな世界には
「納得できる答え」を提供する事を仕事にしている方も存在すると思いますが
キツイ言い方をすれば
それは「方便」と理解するのがいいと思います。

エゴ様が納得する可能性があるのは、

「なぜならあなたは2012年から始まる未来で、
重要な役割を担うために、その体験が必要だったのです。」

「あなたには才能があります。
今のあなたには分からないでしょうが、今後、封印されていた能力が現れてきます。
その時のためにどうしてもあの体験が必要だったのです。」

のような、奇妙に自尊心をくすぐるような言葉を、
誰か権威のある人から言われる事でしょう。

こういう傾向の話しが
実は、エゴ様は大好きです。
そして、こういう傾向の話しを信じていくと
とんでもない事になります。

これは多くの方が
とらわれた事のある妄想だと思います。

ですけども、エゴ様が自分自身なのだ
と思わないでください。
あなた自身はエゴ様ではありません。

その事は以前にも書いた事があるので
今日はこれ以上は書きません。

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 ◆意味づけを、しすぎない
 
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「なぜ?」が有効なのは
そこに自分が存在している次元においてです。

自分よりも上の次元にしか答えのない事に
「なぜ」と問い続けるのは無効です。

幼稚園の子供に
難解な理論や数式を操らないと
理解できない事を聞かれても困るのと同じです。

私たちが生きている次元では
「なぜ私の人生にこんな事が起きるの?」
という質問の答えは出てきません。

極端に言ってしまえば
私たちは幼稚園の子供と同じなので
大学院レベルの質問の答えは受け取れないんです。

ではどうしたらいいのでしょう?

特効薬は
被害者にならず
加害者にもならずに
ただ、起きた事をただ受け入れる事です。

起きた事に本来意味はないと考えることです。

様々なエネルギーが絡み合って
そのような出来事として現実になったわけですが

・それをある人は「許せない」と思う。
・ある人は「ざまあみろ」と思う。
・ある人は「私が悪かったんだ」と思う。
・ある人は「これでよかったんだ」と思う。

そうやって人は
自分なりの「意味づけ」をしたがります。

何度も言いますが
起きた事実と意味づけは、別物です。

もともと
出来事に意味など存在するはずがありません。

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 ◆受容が健康にもいい
 
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意味づけは
人が自分の思考パターンや
感情パターンに従って
ほとんど自動的に考え出すものです。

パターンから創ってしまった「意味」が
気に入らない場合に「なぜ?」と問うわけです。

起きた出来事と
それに対する個人的な反応は本来は、別の物です。

エゴ様は、個人的な反応として
「なぜ私にそんな事が起きるのか?」
と「納得のいく答え」を求めるだけです。

その、エゴ様の罠に引っかからないでください。

でも私たちは
そう簡単に「何も意味のない世界」には行けません。

だとすれば
当然、ネガティブな意味づけよりも
ポジティブな意味づけの方が、多少体にいいです。

ポジティブな意味づけとは、
現実に起きた事よりも
もっと悲惨な状況をイメージして
「そうなるよりはずっとよかった、ありがたい、私は守られている」と
考えてしまう事です。

ネガティブな意味づけは
感情のジェットコースターに乗りまくって
体や心にダメージを与えるようなものです。

ポジティブな意味づけは
それはそれで
行き過ぎが危ない事もありますが、
少なくともエネルギーが軽くなるので
その方が上等だと言えます。

だからまず
ネガティブな意味づけをする感情・思考パターンがあるなら、
そこからポジティブなものに
無理なく移行出来ればその方が楽です。

でも、それは終着点ではなく
まだ通過点です。

大人になる・成熟する・進化する事の
一つの目安は、
起きた事にこだわって
妙な意味を与えずに、ただその事を受容出来る事です。

起きた出来事に意味はありません。
それはただ、受容する事だけが正しいのです。

ものすごいスピードで変化が起こっています