人生をかけて、心から何かに仕えたい

心から何かに仕えたい

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。


今日は、カズオ・イシグロ著の「日の名残り」という物語を読んでいました。
これはイギリスで最高の文学賞である「ブッカー賞」を受賞したものです。

よき古きイギリスの時代の田園風景、空気、などが、
本当に美しく描かれています。

主人公は全身全霊でダーリントン卿に仕えた執事で、
物語は彼の思い出話で綴られています。

格調高く品格をもった文章で描かれていて、
読んでいてとても心地よいです。



私は去年の今頃、聖地巡礼の旅でイギリスを訪れていました。
それでイギリスの田園風景などを少しですが見て来たので、
本の中に私たちが訪れた地名、ソールズベリー、コーンウォールなどが出て来たりして、
それだけで嬉しくなってしまいました。

でもそういう事を差し引いても、美しい物語です。

そして、物語の中で語られなかった事の余韻が、いつまでも心に残って生きます。
最後まで語られなかった事がいくつかあるのです。
それを行間で読む、という感じではなく、
語られない事での豊かさのようなものが、心に響いて来るのです。


それらのご紹介もしたいのですが、
今日はここ1年ほど、なんとなく考えている事がこの物語でまた触発されたので、
それについて書かせてください。


それは「誰かに仕える」という事です。

主人公のスティーブスは執事、しかもプロ中のプロの執事です。
その人生の全てを、よき執事になる事、敬愛する主人に全力で仕えることに命をかけて来ました。

この「誰かに仕える」「誰かに仕えたい」という、
止むに止まれぬ深い欲求が感じられました。

誰か心から尊敬できる人が、十分に力を発揮してよき事を成し遂げる、
それが成功するために仕えたい。

という強い欲求です。


こういう人物は様々な物語に登場します。





例えば、、、、
最近ハマった「ゲーム・オブ・スローンズ」というドラマがあります。
これ、めっちゃ面白いです。


この中に、ブライエニーという女性の騎士が登場します。
様々な不幸が重なり、命をかけてお守りしていた君主が死んでしまう、と言う事が続きます。
そしてある流れで、サンサという主人を見つけます。

サンサはまだ若い10代の女性で、戦乱の時代に両親や兄弟を殺されたり、
政略結婚させられた相手がマゾだったり、、、で命からがら逃げ出しました。
ブライエニーはサンサの母親からサンサたちを守るように頼まれていたので、
サンサの騎士になります。
これも一筋縄ではいかなかったのですが、そこは省きます。


ブライエニーは、「誰かに心からお仕えしたい」と強く強く願っている騎士で、
その誰かになかなか恵まれなかったのです。

サンサに認められた時、私はあなたの騎士となってあなたに命を捧げます、という簡単な儀式をします。

それがすごくカッコいい(=^・^=)


その時のシーンがステキなので、私は何度も何度も繰り返し見ました。
以下はそのシーンのメモです。


ブライエニーは剣を身体の前に横にして置いて、プロボーズの姿勢をとる。

 レディサンサ、お仕えします。
 背後の楯となり命を捧げることを
 古今の神々に誓います。


それに対してのサンサの言葉


 いなかる時も
 我が家にお前の居場所を与える。
 そして、酒食を共にする
 お前の名誉を汚す奉仕は
 これを古今の神々に誓う

 立て。


こうしてブライエニーは、命をかけてお仕えする主人を得たのです。




中国の古典文学である「三国志」は、
政治が乱れ民が苦しむのを憂いた曹操の、人徳に惹かれた関羽(関帝)と劉備と諸葛孔明が、天下を取っていくお話です。

この物語の中でも、超人的な能力を持つ3人、関羽(関帝)と劉備と諸葛孔明は、
曹操に「仕える」ことで、曹操の夢を一緒に叶えて生きます。


自分が仕えるに値する主君に出会えるかどうか、
という事は、秀でた能力を持ち、何かのために命をかけたいという願いを持つ者にとっては、
何よりも重要な事なのだと思います。





何はともあれ。

人は誰かに仕えたい、という衝動のようなものがあるのかもしれないな、
アーキタイプとしては間違いなくあるな、と思います。



お山の大将的なこの私も、実はスピリチュアルな存在に心から仕えています。
(仕える存在がいる私は幸せです)

あなたも考えた事はありませんか?
天の存在に向けて、祈った事はありませんか?

天の存在が実現しようとしている世界を作るために、
その道具として私を使ってください。
あなたの手足とならせてください。

と。



冒頭にご紹介した「日の名残り」の執事スティーブスは、
主人であるダーリントン卿に人生を捧げて仕えた。

ダーリントン卿は、イギリスやドイツなどがよりよい状態になるように、
その仕事に命をかけて仕えた。
(残念ながら騙されていて、非業の死を遂げるのですが)


政治家は本来、国家や国民に仕えるべきでしょう。

いわゆる権力や地位を持った人たちも、
よりよい何かのために仕えていました。


女性の美徳の一つとして「尽くすタイプ」というのがありますが、
女性だけではなく男性も、何かに尽くして仕えたいのです。
そういう衝動があります。


残念ながら現在では、私たちが仕えているのは「お金」になってしまいましたが、
そうではない生き方があったし、今でもあります。

自由も平等も素晴らしいし失いたくないけれど、
誰か・何か、尽くし仕えるに相応しい存在に出会いたい、

とあなたも感じていませんか?





こんな事を最近考えています。

しかし、、、、、

私が例として出す物語、あまり一般的でなくてごめんなさい。
ちょっと恥ずかしいチョイスですよね、、、、、



では。