「女は男の楽園だ」と「クライマーズハイ」

女は男の楽園だ

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。


先日、東京のとあるホテルに宿泊した時に、
おいてあった本のタイトルが目に飛び込んできました。

時間がなくて中身を見る事が出来なかったので、
ネットで検索してみたのですが、
該当する本が出てきませんでした。

きっとかなりマイナーな本なのでしょうね。
その本のタイトルは


「女は男の楽園だ」



です。

これは私にとっては、様々なイメージを喚起させるものでした。
今日はそのお話しです。




ところであなたはこのタイトル、どう感じましたか?

同感?
反発?
理解不能?




「女は男の楽園だ」というのは、
男性から見た視点です。

男性にとって、女性は「楽園」であり、
楽園であって欲しいのでしょうね。
私は心から、ああそうなんだろうなぁ、、、
男性は女性に、楽園を求めているのだな、、、、

もっと正確に言うと、
男性性は女性性に、楽園を求めているのだな、、、、と思いました。
本当に本当にそうなんだな、、、と思いました。



現代に生きる女性の多くは、
「男性の楽園になりたい」とはあまり思わないでしょう。
恋愛中や新婚時代には、女性は「夫の楽園」になろうとするかもしれませんね。
でも、それを一生涯続けようと思う方は少ないのではないかと思います。

現代では、男性は疲れ果てて女性性を目覚めさせ、
女性は、やっと勝ち取った男性とほぼ同じ権利を使うために、男性性を伸ばすのに忙しい。
それで男性は女性的に、女性は男性的になりつつあります。


女性が女性に生まれてきたからといって、
文化的に規制された女性らしさを生きるとは限らない時代ですね。
それだけ私たちは自由になりました。
選択肢が与えられるようになったのです。


それはちょっと横においておきます。


最近読んで感動した本に「クライマーズハイ」があります。
これはドラマにも映画になったようですね。
私は原作しか知らないので、映画とニュアンスが違っていたらごめんなさい。

この話、すごいです。私は泣きながら読みました。
2度も読みました。おすすめです。


取り上げたい部分はたくさんあるので、
近いうちに書評的にメルマガに書くかもしれませんが、
今日はその小さな一部分だけ取り上げます。


主人公の悠木は、群馬県の新聞社に所属する記者です。
ストーリーは、日本航空123便墜落事故の全権デスクとなり、その取材を中心に展開していますが、
今回は内容ははしょります。

悠木は非常に有能な記者で、自分の記者としての信念を決して曲げません。
若手の記者を育てるために心を砕き、
真っ当な記事を紙面に載せるために戦います。

そのあたりに読みどころが満載なのですが、
今日は涙を飲んで書きません(ノ_-。) (しつこい、、)



そして今回私が注目したのは、悠木の子供時代です。

幼少期に父親が蒸発し、働くすべのない母親は身を売って子供を育てます。
家庭らしい家庭の味を知らない悠木は、結婚して父親になって、
家族との繋がりを強く求めながらも、不器用で表現が下手で、
子供達とうまく繋がる事が出来ません。

妻は多少の理解があり、反発したりしながらも、夫をサポートする姿勢ですが、
悠木の抱える深い深い底なし沼のような孤独を癒すものはありません。

その孤独を抱えながら、新聞記者としての自分はこういうあり方をする、
という強い信念があるのですが、
社内のくだらない派閥争いなどで曲げられそうになるのと戦い、
最終的には負けてしまいます。

でもその、戦い方がまたステキなのです。
そして、負けてよかった、と思えるハッピーエンドになっています。


内容書きません、といいつつ書いているのですが、、、、


何が言いたいかと言うと、、、
悠木は記者としての人生をかけた戦いをします。
そしてその底流にあるのが「暖かい家庭が欲しい」なのです。



「女は男の楽園だ」という言葉を目にした時に私の中で繋がったのは、
悠木のように人生をかけて仕事をしている男性・男性性には、
女、あるいは妻、あるいは家庭という楽園が必要なんだ、という事でした。
その楽園を手に入れたくて、
仕事に人生をかけているのだな、と思いました。


男性性というのは、そういう特徴があるように思います。
私はなんだか切なくなりました。

世界中の悠木に、つまり仕事に人生をかけている男性的な男性たちに、
女、あるいは妻、あるいは家庭という「楽園」が与えられますように。
と祈らずにいられません。



そして、


男性が女性化して、女性が男性化している今、
男性は女性に心底では何を求めているのかな、、、
女性は男性に心底では何を求めているのかな、、、


とちょっと気になります。



では。