人にヒーリングを与えることについての想い

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

本格的に学び始めたからこそ、ヒーリングやチャネリング、特にヒーリングにおける
自分の立ち位置というものをはっきりさせたくて書いています。
を学び始めた事で、

今まではあまり深く考えず、いいものがあれば紹介したいし
これはいい、と思ったらそれをセミナーのテーマにしたいし
ヒーリングは受けると心地いいので定期的に行く、そして人にも紹介する、
というようなことをしてきました。

しかし、ヒーリング自体を提供する側に回ろうと思うと
いろいろな疑問が湧いてきてしまったのです。

私はいったい何をするつもりなのか。
問いただされているのだと感じました。

ですから、今日は私の宣言を書くような感じになってしまいます。

カルトでも狂信的なスピリチュアルでもなく、
さまざまな思いに付け込むのでもない
ギリギリの立ち位置にいたいからこそ、書かなくてはと思ったのです。

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 ◆ヒーリングというもの
 
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ヒーリング

今回はヒーリングというものについて語ります。

ヒーリングにおいて私が一番気にしていること。
それは、「治してしまうのが良いことなのか」ということです。
もちろん、それが出来るほど強い能力を持っていると仮定してです。

体の調子というのは、一番最初は直感というメッセージから始まります。
それを無視していると、さまざまなことを通して気づきなさいというメッセージが
送られてくるようになります。

そのまま見ないふりをしていると、ケガや病気に悩まされるようになることもあります。

それをヒーリングで治してしまったら、また別の形で気づきなさい、と指示されますよね。
それが悪い形で現れたら、再発というような状態になりかねません。

だからこそ、気づくというのが大事だとお伝えしてきました。

何かに気づくと、そこからは高い波動の光が出ます。
かなり強く光る感じですね。

その光が周囲に影響し、心身、そして人生が変わる方向へと導きます。

これは素晴らしいことなのです。

ですから、ヒーリングと気づきはおのずとリンクしてくるのです。

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 ◆気づき、というもの
 
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私が今からお伝えしようという強いヒーリングエネルギーは
神との契約により、魂のレベルアップが勝手に行われるので
もがき苦しんだ後に何かに気づく、というのはなくなります。

気づきを奪うようなことをしてもいいのか。

それがジレンマとなっていました。

少しでも早く楽になってもらいたい。
レベルアップしてほしい。
でもその結果気づきを奪い取る形になったら・・・。

成長し、気づくために私たちには試練が与えられます。
カルマからくる場合もありますが、試練に苦しむことが人生の目的ということは
あまりないと思いますし
魂のレベルが上がればそれも無用となるはずです。

それと、これは体験して分かったことですが
ヒーリングでレベルアップをしたとしても
ちゃんと気づきはあるのです。
それも楽に、です。

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 ◆私たちの課題
 
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それでも疑問は尽きません。

自分の課題をこなすことなく、
ヒーリングでレベルアップするのはいいのか?

レベルが上がったらまたそれなりの課題が課せられるのだから
それをクリアしていくようにすればいい。
それが私なりに出した結論です。
今まで執着していたことも、レベルが上がってしまえば
意味がない、ということにふと気づくようになる。
そしてちゃんと周囲にメリットを与える課題に
取組めるようになる、と。

例えばテストの時、難しい問題があったら
まず飛ばして簡単なものから解いて
最後に戻る、というのはごく当たり前に行われることです。

これを人生においてもやるのです。
先にレベルアップし、できる課題をやってから
最後に戻る。

これってすごく良い方法じゃないですか?

もう1つよく言われるのが「逃げるのはダメだ」ということ。
課題をスルーして上に上がるということは逃げではないのか。
「逃げるのはダメだ」という意識を強く持ち、不必要な試練を受け続ける必要って
まったくないと思うのです。
人によっては、それらをかわしていくことこそがテーマとなっている場合もあります。
逃げるしかできないことって、意外とあるものです。

そして課題は永遠にあります。
1つクリアすれば次。
逃げるなんて実は無理なんです。

それなら、人のためになる課題に積極的に取り組みたいですよね。

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 ◆私が考えるヒーリングというもの
 
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では、人に対してヒーリングをするというのは一体どういうことでしょう。

「答えは自分の中にある」
「自己治癒力」

そういう言葉があるのでも分かるように
私たちは自分自身を癒す力を持ち合わせています。

それなのに人にヒーリングをしてもらうのは依存ではないか
力を発揮する機会を失うのではないか

そういう考えも出てきます。

「誰かを助けるなんておこがましい、傲慢だ、人にそんな力はないし、
本来自分の内側に素晴らしい力が眠っている。」

まさにその通りだと思います。

しかし、目の前に苦しむ人がいれば、その人を助けたいと思うでしょう。
それは私たちの本質が「愛」であるため。
けれど、その思いを持ちつつ、自力でそこからはい出るのを
「見守る」ということもできます。
これは無視や放置とは別次元のものです。

人は1人では生きていけない。
全員がつながっているのだから、1人で幸せにはなれない。
でも、自分が幸せなら周りにもよい影響が出る。
最近そう思います。

それに、私たちは常に他からの力を受けています。
自力のみで何かを達成するって難しいんです。

人からもらっている力に比べたら、自分でできることなんて
少ないものです。
でも、まず自分でやらなければ何も始まらないんですよね。

自分でやることの中で大切なのは、自分の道を決めることです。
こういう人生にしたいのだいう目標を描き、それに向かう決意をすること。

自力の一番大切な部分は、自分の道を決め、動くこと、そして神に祈ることです。

それができれば何かが動き始めますし
人からの助けも得られるようになります。
そして、こちらからもヘルプサインを出していい訳です。

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 ◆煩悩、偽善、あってもいいんです
 
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煩悩があってもいい

そして最後に。
東洋には、今生きているこの世は幻である、という思想があります。
今体験しているすべては幻である。
だから、執着など無駄なことだと。

聞いたことがありますでしょうか。

何もかもが無駄で、ヒーリングも成長も無駄。

今生きているこの世の利益など無意味なのでしょうか。

私なりに考えた答えを聞いていただければ、と思います。

あの世で極楽に行くために、現世であれこれするというのは
私にはイマイチ分かりません。
確かにいつか死ぬのですが、今は今。
今を明るく楽しく生きたいと思うのは当たり前だと思います。

私がお勧めする「108回音読する元型」の中にこんな詩があります。

将来の 輝く自分を 夢にみて 今は嫌いな 事を続ける

今を我慢して死後の世界の幸せをつかむ。
これって権力のある人に都合よく言われているような気がしませんか。

例え幻であっても、今を幸せに生きたい。
例え幻でも、苦しみより楽しみが多い人生がいい。
偽善かもしれないけれど、地球のために頑張りたい。

私の中心にある強い想い、それは、

もっと成長したい、そしてもっと沢山の人を苦しみから救いたい

というものです。

だからメルマガを書く、いい商品を探す。
だからセミナーをする、教材を開発する。
だからSOSメールに一生懸命応えるし、ヒーリングもするんです。

これは私の煩悩なのでしょうが、これを徹底的に生きるつもりです。
自己満足かもしれないという思いも抱きつつ
偽善ではないのかと感じつつも
今後も私はより多くの人が現世で利益を得られるものを追求し続けます。