年寄りの話に付き合う方法

年寄りの話に付き合う

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

今日はどうでもいいようなお話です。
先日、老人ホームに入居している母を訪ねて行って話している時、
ふと気づいたことがあります。

年寄りの話は、とても偏っていますよね。
特に多いのは、「昔話」です。
何度も何度も同じ話を聞かされるのはよくあることですが、
何度も話したくなるのは、その思い出に何かあるのです。

1、過去の辛かった話
(まだ解決していない感情的な何かがそこに残っているもの)
2、過去のよかった話
(理想化された過去を語っているもの)

今私が浮かぶのはこの2つです。

1番の場合には、当然ネガティブな感情がくっついています。
あの時は悔しかった、
あの時は苦労した、
あの時は辛かった、、、、
というような。
そこには、時代や環境や相手に対する怒りや恨み、悔しさなどがあるのでしょう。
その時の感情が手放せなくて、
でも「生きている間に手放しなさい」という促しが内側からあり、
何度も思い出されて、
何度も口に出されるのだと思います。
自分だけでは手放して浄化しきれないので、
誰かにSOSを出しているのかもしれません。

もうあまり多くの時間はない、と思われるなら、
辛かった話は十分に十分に受け取りながら聞いてあげると、
もしかしたら癒されるかもしれません。
十分に十分に受け取るというのは、
その時に相手が感じたであろう感情を分かち合う、ということです。




2番の場合には、なぜ「あの時はよかった」になるのかと言うと、
簡単なことですが、
「たった今の現実が受け入れられない」のですよね。
だから、「あの時はよかった」になるのです。

「あの時」は理想化された過去なので、現実は太刀打ちできません。
そして「あの時はよかった」と思う時、
「年取ってこうなるはずではなかった」がその後ろにあるのでしょう。

現実を受け入れられないのは辛い事です。
たった今の現実にある「幸せ」に気づけない。
「恵まれている事」「与えられている事」に気づけずに、
「足りないもの」「不足しているもの」「欲しかったもの」にばかり意識が行ってしまう。

たった今のありようを「よし」に出来れば、
そこから豊かな現実が広がっていくのに、
現実を受け入れられないままに「あの時はよかった」と思っていると、
惨めさだけが意識されるでしょう。



年寄りは過去の話ばかり、、、
と面倒に思う事もありますが、
老人期の大切な課題の1つは、
「過去を受け入れて自分の内側に1つの歴史として落ち着かせる事」

ですから、その作業のために絶対に必要な事なのです。
それを聞かせてもらえる私たちの課題・メリットは、

「しっかりと相手の話を受け取ること」
「年老いて死んでいく姿を見せてもらう事」

だと思います。

本当にしっかりと相手の話を受け取って聞けると、
その思い出に絡みついている様々な感情を分かち合う事ができると、
繰り返されていた思い出話の質が多分変化します。
脳がある程度しっかりしている方なら、何かの変化があると思います。
そのエピソードが終わって、別のエピソードになるとか、
辛かった話が減って嬉しかった話になるとか、

きっと何か変化があるでしょう。

同じ辛かった恨み節が続くなら、
そのお年寄りは「癒されたい、死ぬまでに癒されたい」
というSOSをまだ出し続けているのかもしれません。

あの時はよかった話も、基本的には同じです。
その時のよかった感情の本当のところを、
丁寧に聞き出して分かち合えると、何かが変わるでしょう。


母の昔話に付き合っていて、
私はそんな事を学びました。

では。