お返しが欲しくなる気持ち

スピリチュアルを学ぶ

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。
今日は考えるきっかけを友人にいただいたので、
それを少し詳しく書いてみます。


●第一段階
日本には、お中元やお歳暮、ちょっとした手土産などの文化があります。
何かをしてもらったら、お礼に何かちょっとしたものをお返しする。
病気見舞いには内祝いでお返しをする。
ある種の等価交換です。

そして日本的な儀礼の一部でもあり、
お土産をいただいたり、お返しをいただいたりする事で、
礼儀にのっとっている、
自分は尊重されている、と感じる事ができます。

それはそれでとても重要な事だと思います。
日本的な文化は、そのような儀礼で成り立っている部分があります。
これは第一チャクラ的に大切だと思います。



●第二段階

友人関係ではどうでしょうか。

日常生活の中でのちょっとした心遣いや、
ちょっとした気遣い、
気分が落ち込んでいる時の暖かなサポートや、
ものすごく忙しい時に、自然に助けてくれる手。
とてもありがたいですよね。

だから、してもらった人には何かの時にしてあげる。
美味しいスイーツを差し入れしてお返しにする。
というような事をするかもしれませんね。


ところで多くの場合、私たちはお返しをどこかで期待していますよね。

前回は旅行のお土産渡したんだから、相手も旅行に行ったら何か買ってきてくれるはず。
辛い時にあれをしてあげたんだから、今度は私がしてもらう番よね。
両者のバランスを取る意味で、日本人ならお返しをするのが常識ですから、
何が返されるのか期待したり推理したりするのも、普通のことでしょう。

電車でお年寄りに席を譲ったら、感謝の言葉が返ってくるのが普通ですよね。
何もなく、しかも「当然でしょう」という態度を返されたら、
ちょっとムッとしますよね。


人間関係は、そのようなギブアンドテイクで円滑に回っていく部分があります。
チャクラで言うと、第二チャクラ~第三チャクラに関係ありそうです。




●第三段階

そしてさらに私たちが成長して進化していくと、
無条件で誰かをサポートできるようになります。

どこかに寄付すること。
誰かのために人知れず祈ること。
落し物を交番に届けること。

何の見返りも期待せずに誰かのために動けるのは、第四チャクラの力です。
そして本来の私たちは、これなのです。
自分のために誰かを助けるのではなく、
自分というものを横に置いて、単純に誰かを助けること。


自分のために誰かを助ける、というのは意味わかりますか?
これは第一段階と第二段階のお話ですが、

・誰かを助ければ、回り回って自分のところに戻ってくるからソンはない
・これこれこうして欲しいから、あの人にはあれこれしておこう。いざという時に動いてもらえるように
・とっさに助けたけど、これで私の評価は上がるはずよね
・あれだけ丁寧に説明したんだから、私が言う通りに行動するはず


というような気持ちがあるとしたら、それは「自分のために」やっているのです。
だから、相手を助けることで自分にプラスが何か起きないとしたら、
そういう期待が外れたとしたら、
面白くないし、ソンした気分になるでしょう。


例えば、、、一生懸命してあげたのに何もお礼がなかったら、
いいように使われた
バカにされた
下に見られている
失礼な人よね
というように感じるでしょう。
それは全部「自分の感情」「自分のプライド」です。
「相手の幸せ」や「相手の便利」ではありません。


私たち、相手が感謝してくれたら嬉しいし、
相手が気づかなければソンしたようなつまらない気分になることが多いですよね。
相手の出方次第で、自分の感情が決まってしまう。
だからこのような時、中心軸は自分自身ではなく、相手にあるのです。


こういう気持ちが出てくるのも仕方がないし、文化的なものもあるし、
当然なのですが、
あまりレベルが高いとは言えません。


私たちスピリチュアルを学ぶ者が目指すのは、第三段階です。


無性で人を助けること
自分のためにではなく、相手のためにサポートすること


です。


相手が困っているな、と思えば自然に動く。
それを相手が認めてくれても、認めてくれなくても、どちらでもいい。
どちらであっても感情はさして動かない。
というような状態です。


かなりハードルが高いかもしれませんが、
私たちが目指す精神性は、そこです。


では。