権威・権力とスピリチュアル

権威とスピリチュアル

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

今日も出先で桜の花をたくさん見ました。
先日の雨はあまり関係がなかったのか、
たくさんの花が見られて、ちょっとご機嫌な私です。


さて、今日は「権威・権力と服従」についてちょっと考えてみます。
硬い内容です(=^・^=)


というのは、子供時代をちょっと思い出したのですが、
私は「権威・権力」のあるものとひたすら戦っていた時期があります。
父が警察官だったので、警察の権力も気に入らなかったし、
父が家長として押し付けてくるものにも吐き気がしました。
学校に行けば校長、教師、校則に反抗しました。
大人になった時どんな事があっても、
国家権力を持つ公務員になったり会社で出世したりするものか、
と強く強く考えていました。


でも、
権力的なものによって虐げられた体験は、、、ありません。

私の自由を奪うのは両親、特に父親だけでしたが、
父親への反発だけで、権威権力全体への強い否定的感情が出てくるのは、
ちょっと大げさすぎます。

それにはそれなりの理由があるのだな、と今はうっすらと察しています。
そのお話は本題から逸れるので、横に置きますね。



「権威」とは、ある種の強い強制力を持ち、
問答無用で従う事を命じられる行動規範です。

そこには必ず上下関係があり、
こちらの気持ちや考えとは無関係に、一方的に押し付けられ、
私たちは「自由」を失います。
私が個人的に感じている「権威・権力」とはそういうものです。


私は自由が奪われる事が耐え難かったので、
父親とは長い戦いをしました。
会社という権力闘争の場に入ったこともなく、
社会人になって上下関係を無視した振る舞いをすれば問題になり、
それを押し通すほどの力もなく、、、、、

かなりひねくれました(;^_^A



スピリチュアルな世界に目覚めて、
自分を振り返り、
広いスピリチュアルな視点から物事を考えられるようになると、
私の世界観も大きく変化しました。


今の私は、「権威・権力」をそう悪いものだとは考えていません。
例えば、私は「チーム私」や「ハイヤーセルフ」「守護神」たちの、
権威を心から認めています。
明らかに私の方が下です。
上下関係がそこにはあり、私は至らない自分を自覚しています。

そしてさらに高次元には、もっと権威や権力を持つ素晴らしい存在がいて、
愛のエネルギーの1つとして、それらを行使していることにも気づいています。

私はそういう存在に、心から従う自分でありたいと願っています。



でも人間社会で「権威・権力」を持った人に関しては、
あまり近寄りたくはありません。
もう大人になったので、無理やりそういう場に入れられる事もなく、
自分の所属する場を自分で決められるので、問題ありませんが。


でも、そういう地位や権威権力のある方達の中に、
非常に人徳のある人格者の方も存在しているのを感じています。


そして何よりも、私は自分自身の中に、
自分が権威を持ち権力を振るいたいのだ、そういう自分がいるのだ、
という事を感じます。


私は、私に縁を持ってくださる方を、守りたいです。
そういう方が苦しいのなら、見捨てておけないです。
おかしな道に踏み込みそうなら、力づくで引き止めるでしょう。


自分の王国の中にいる人たちの幸せを守りたい。


そんな気持ちなのです。


今の私にりっぱな「権威・権力」があるなどとはとても言えないのですが、
ある種のスピリチュアル教師としてそれを使わせてもらう事があります。
その時の私が「自分のために」ではなく「相手のために」行動できるように、
意図しています。



そして「権威・権力」は、ある面相手の自由を奪います。
だからこそ、どの「権威・権力」を認めるのかを選べる自由は必要だと思います。
これだけは絶対に必要です。


宗教でもいいし、
何かのグループでもいいし、
習い事とか、
塾とか、
就職先とか、、、

何かの目的を持って人が集まった時、
全く対等に自由で流動的な関係で、上下関係が存在しないようなグループも可能かもしれませんが、
責任が絡んでくると、そうはいきません。

権威・権力を持つ人は、リーダーシップとその責任を同時に背負うのです。


だからこそ、何かのグループに所属する時には、
その場の「権威・権力」のあり方や、場の空気などをよーく観察して、
自分に合うかどうかを見極める必要があると思います。

そうしないと、自分の自由を守れません。



ただ闇雲に「権威・権力」と戦っていた幼稚な私も、
自分の内側に「権威・権力」を持ちたい、という強い気持ちを発見し、
それをどのように使えば「自由」をよりよい形で守れるのか、
という発想に変化してきました。


何が言いたいのかと言うと、
何が悪いのかを簡単に言う事は出来ない、ということです。


単純に何かを「悪」だと決めつけるのではなく、
紐解いてみると、その「悪」だと思っていたものが自分の内側にあり、
使い方次第で役に立つのだ、と気づける可能性があります。


簡単に善悪で物事を判断してはいけないな、と改めて思いました。



そうそう少し話は変わりますが、
子供時代の中でも、中学校と高校は過酷ですよね。
よほどよい学校を選ばない限り、
本当に大変な場所だと思います。

学校というのも、「先生の権威・権力」の強い場所ですが、
今の制度では子供が先生を選べません。
私はこの制度自体が、一種の暴力だと思います。

(最近は子供が先生を選べる学校があるそうですが、
それが一般的になるといいですよね。)


選べない状態で、自分とは合わない環境に押し込められ、
そこに毎日行くことを強いられるのは、本当に辛いです。
日々暴力を受けているのと同じです。
非常に傷つきます。

子供さんの様子、よく見てあげてくださいね。

もし子供さんが辛そうだったら、

>>>>>>>>>>>>>>>>>>
チャイルド関係のエナジー
>>>>>>>>>>>>>>>>>>

これらがオススメです。

では。