母と「死」について話したこと

母と「死」について

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。


今日は母を大きな総合病院に連れて行きました。
先日受けた健康診断で、要再検査の項目があったからです。

本人にはまるで自覚はないのですが、
私から見ると、急に疲れやすくなっている感じがします。

ヒーリングするにしても、病名はわかった方がいいので、
行ってきました。


たっぷりある待ち時間に、あれこれ母と話をしました。
母はいつも「何かの時には絶対に延命治療はしないで欲しい」
と言います。
私もそれは同感です。


今日もその話をしたのですが、
「本当のことを言うと、今ここで死んでもいい」とのこと。

何もやり残したことはないし、
特に大した事は何もしてこなかったし、
生きていても誰かの役に立つわけではないし、
未練はない。

のだそうです。


母はもともと欲があまりない人なのです。


でも仮に、「手術をしないとあと●ヵ月の命」
などと言われたとしたら、、、、、、
どんな反応をするのかな、と楽しみです(*^_^*)




実は私、最近かなり様々な勉強をしているのですが、
その中の1つに「死」についての事があります。


死は存在しない。
私たちは魂の存在であり、肉体を脱いであの世に戻るだけ。


とスピリチュアルな世界では言いますよね。



本当にそれが心から納得出来ていたら「死の恐怖」は存在しなくなるでしょう。
だって「死」は存在しないのですから。



私たちは肉体が自分だと思っているし、
感情が自分だと思っているし、
思考が自分だと思っている。
そのようなパーソナリティの記憶が自分だと思っている。


自分が魂の存在なのだ、魂こそは主人なのだ、
という実感がまだ持てないために、
いざとなると「恐怖」におののいてしまうのです。



例えばチャネリングで過去世を調べる事が出来ます。
過去世はたくさん出てきます。

つまり私たち、今まで何度も何度も「死」と「誕生」を繰り返し体験しているのです。
200回とか、500回とか、あなたも私も体験しているはずです。
ただ残念ながら、記憶にない。


近い将来、過去世の記憶をしっかりと持ったまま生まれてくる人や、
死者の魂のありようを視ることが出来る透視能力者がぞくぞくと誕生する、
と私は思っています。
きっとそうなるはず、と想像しています。

そうなったら、本当に私たちは「死」は存在しないのだと納得できるようになるでしょうね。




母の肉体の消費期限が近づいているな、、ということを感じつつ、
母と死ぬことについての会話をしたりして、
お互いに心の準備をしています。


ちなみに、うちの母は、
「生きていても何の役にも立たないし、もうお役目は終わったからいつお迎えがきてもいい」
と言います。


でも、魂的に言うと、お役目が終われば必ずお迎えがきます。
病気になるのも、肉体から旅立つための準備です。

母がまだ生きているという事は、まだもう少し貢献できることがあるという意味です。



それは多分、老いて死んでいく姿を家族に見せることではないかな、と私は感じています。
老いるということそのものと、それを受け入れていくこと、
年老いたからこそ話せることの深さ、
死は怖いものでもないし、痛いものでもなく、

ただ気持ちよく旅立っていくだけだ、という現実を子供達に見せるのは、
とてもとても大切な大仕事ではないかな、と思います。




ちなみに、今日母が
「本当のことを言うと、今ここで死んでもいい」と言ったので、
「じゃあ、今日の昼ごはんはお母さんは抜きね」と返したら、

「えーーーー(;>_<;) それはまた別でしょ」 とのことで、 春の釜飯を一緒に食べてきました。         では。