マザー・テレサの光と闇

マザー・テレサの光と闇

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

今日は近くにある梅花女子大で開催されている、
「マザー・テレサ~愛はほほえむことで始まる~」
というミュージカルを観てきました。

梅花女子大には梅花歌劇団というものがあり、
高校生から大学生が所属して活躍しているそうです。

そうそう、今日はマザー・テレサの誕生日だそうです(*^_^*)



ちょっと事情があって、途中までしか観られなくて、
後半がどう表現されているのかが観られなくて本当に残念でしたが、


マザー・テレサの子供時代のことが少し分かりました。


1つだけ心を打たれたシーンをシェアします。
うろ覚えですが、


神なんて存在しない、信じない、という浮浪児が、

「本当に神様がいるならなぜ、両親は死んだのか、
兄や姉は死んだのか、、、」という訴えに対して、



世の中に苦しみや不幸があるとしたら、
それはそこに神の愛がないのではなく、
私たちの中に愛が足りないのです。



と答えます。


これはちょっとした衝撃でした。



これは、

この世の中に様々な不幸や不条理があるのは、
神様のせいだ。
神様がそんなもののない世の中を作ってくれなければならない。

と甘えるのではなく、

この世の様々な不幸や不条理は、
神様に愛されている私たちがそれを正していくのだ、
という意味です。


そうですよね、、、、、、
そうですよね、、、、、、、

私たち一人一人が愛を持って隣人に接するだけで
それは叶えられていくはずですよね。。。。。




そして最近明らかにされた事ですが、
マザーテレサは1953年、43才ごろから高みへと旅立つまでずっと、
内なる闇に悩み苦しみぬいたらしいですね。


その闇とは、「自分は神に拒絶され、虚しく、信仰もなく、愛も熱意もない」
というものだったそうです。

あのマザー・テレサが、です。
「神がいない」という深い孤独と矛盾を抱えたまま、
聖女でありつづけ、
ノーベル平和賞を受け、
貧しい人々を救い続けたなんて、、、、
本当に本当に苦しい事だったでしょう。



実は、、そのようなマザー・テレサの葛藤を知る前の私は、
彼女の様々な写真を見て、
お顔に突き抜けた感というか、透明感が少ないような気がしていました。
なんでかな、、、と気になっていたのですが、

もしかしたらそれは、、、最後まで「心の闇」を抱え続けていたせいかもしれませんね。


でも、マザー・テレサは止めなかった。
本当に嫌になれば、心の底から「神はいない」と信じたなら、
演技し続けるのは不可能だったと思います。
気が狂ってしまったでしょう。

でも、マザー・テレサは狂う事もなくやりつづけた。



としたら、
彼女が歩んだ道、作り上げた多数の施設や、
多くの人々の心に灯した光、
今なお多くの人々の心を動かし続ける偉大なパワー、


それらは神の意志以外のなにものでもなかったのではないかな、、、
と私は思います。