死にゆくにゃんちゅうのために

にゃんちゅうのために

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

実はここ数日、あまり集中した仕事が出来ません。

時々メルマガでも書いていますが、
16才になった猫のにゃんちゅうが、
最後の旅立ちをしようとしています。


肉体を抜け出す時に、そばにいてちゃんと見送りたい、
と思うので、にゃんちゅうの側を離れるのが難しいのです。

でもつきっきりになる事も出来ず、
ちょっと仕事してはそばに行き、
ちょっと用事を片付けてはそばに行き、、、

と、ウロウロしています。



「死」はまだまだ恐れられていて、
考えるのも怖かったり、
反射的に避けてしまったりする方も多いかもしれませんね。

でも、死という「肉体からの解放」は、一種の「祝福」です。
決して辛いものではないし、
孤独ではありません。

人間の肉体に入って生活している日々の方が、
ずっと孤独だと思います。



私は過去の転生とその死の状況を覚えているわけではありません。
本当に本当に残念なのです。
ちゃんとした記憶はありませんが、
根拠のない確信があります。


ですからあなたはこれを信じる必要はありません。
1つの「仮説」として、あなたのたたき台の1つにしてください。




「死」は「解放」であり「祝福」です。
生きていた間の孤独は癒され、制限がなくなり自由になります。
肉体に入っている時にはわからなかった様々なことが、
ちゃんと納得できる形で分かるようになります。

それは人間も動物も同じです。


にゃんちゅうは月曜日から「肉体の死」という解放のカウントダウンに入りました。
先週までは毎日点滴を私がしていたのですが、
それも出来なくなりました。
餌を食べることも必要なくなりました。

ただ、じっと寝ています。
意識はなく、反射的な動きが時々あります。
寝かせているにゃんちゅう用のベッドからはみ出して、
気づかないうちに随分位置が移動している事もありました。



今の時期は、身体から本格的に魂を抜き取って、
あの世に戻るための作業をしているのだと思います。
肉体という、原子から作られた魂の器から脱出して、
もともといた場所、魂として存在している場所に戻るために、
肉体と魂をつないでいた絆を切ろうとしているのでしょう。


肉体は水も食べ物も何も必要としなくなり、刻々と枯れていきます。
魂は肉体との絆を切るべく、その解放の時に向かって準備しています。


私たち家族は、にゃんちゅうとともに過ごした時間を思い出し、
いなくなる喪失感に涙し、
柔らかで暖かい毛並みに触れては嫌がられ、
何もすることがなく、でも放置もできなくてオロオロしています。

こういう、オロオロしている時間がとても大切なのだと思います。
私には、なんともいえない幸福感があります。
にゃんちゅうとの最後の時間を、濃密に過ごせている、という満足感です。



動物は動物として、魂を進化させようとしていますから、
今回の人生・猫生で、にゃんちゅうも何かを成し遂げて、
動物にもカルマがあるとしたら、カルマを返して、
あの世に戻ります。


そしてよりよい波動の高い肉体を作り出して、
次の猫生を生きるために戻ってくるでしょう。


「また会おうね。一緒に暮らそうね」と話しかけています。
それが今回の人生では叶わないかもしれないけれど、
いつかまたにゃんちゅうと一緒の時間を過ごすでしょう。



では。

にゃんちゅうのために