「自分の幸せ」から「みんなの幸せ」へ フクシマフィフティを見よう

フクシマフィフティ

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。


今日は映画館にチラシをもらいに行ってきました。
春休みに向かって、面白そうな映画の予告がたくさんありました。

そしてその中に「フクシマフィフティ」もありました。
東日本大震災が起きた時に、原発内で働いていた人たちが、
どのような戦いをしていたのか、という実話です。


フクシマフィフティ公式サイト
https://www.fukushima50.jp/


「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」という本が角川文庫で出ています。
私はこの本を泣きながら読みました。
すごい内容でした。

この映画の原作は、この本です。



「私の幸せ」「私の健康」「私の家族」だけを考えていたら、
あのような彼らの動きはなかった。
原発の事故は、もっともっとひどいことになっていたはずです。


彼らが「自分自身」を捨てて、
「近隣に暮らす全ての人たちの命」
「日本全体の安全と命」を最優先にしたからこそ、

つまり「グループ」に対する奉仕として命をかけたからこそ、
最低限の犠牲で、最大限の努力と結果が出せたのだと思います。




私たちの中には、「私だけがよければ」の段階を終えて、
「みんなの幸せ」を中心に据える意識が育ち始めています。


残念ながらその割合がまだ少ないので、
原発の安全利用の情報はまだ降りてきていませんが、
私たちの多くが「みんなのために」というグループ意識に移行した時に、
そうとう安価で安全に原子力を利用できる知識が、
天界から降ろされる予定だそうです。

「自分さえ良ければよい」という意識で作られた今の原発は、
多くの人たちを犠牲にしました。
当然ですよね。

自分さえ良ければいいからこそ、平気で「原発は安全」
「事故はあり得ない」と言えたのだし、
廃棄物の処理が出来ないことも真面目に考えようとしない。
ただあちこちの地域に廃棄物を押し付けて、転がしておくだけ。

それは「自分さえ良ければいい」という発想だから出来ることです。
既得権益や権力を持っている人たちは、
自分たちさえ放射能の被害を受けなければ、どうでもいいのです。


もし仮にそのような権力を持つ人たちが、
「みんなの幸せ」を本当に真剣に考えたら、、、、、
原発に手を出すことはしなかったでしょう。
震災の後の対応も、もっと違うものになったでしょう。


そんなことを思いつつ、「フクシマフィフティ」のチラシを読みました。
公開は3/6でまだ先のことですが、
ぜひあなたも見てくださいね。



そして、自分も含めて一人でも多くの人が、
「みんなの幸せ」を当たり前に考えられるようになるように、
という願いを込めて、お札を作っています。

受け取った方の精神性や魂のレベルが上がり、
自分だけではなく、
家族の幸せを考え、
地域社会の幸せを考え、
職場のグループの幸せを考え、
日本全体の幸せを考え、
地球全体の幸せを考えられるように。

少しづつ、「自分たちみんな」の範囲が広がっていくように私は願っています。


そのような意識の拡大は、
まずは家族の幸せからスタートです。