私の、腰痛の作り方と治し方

腰痛の作り方と治し方

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

今日は「腰痛の作り方」を書いている場合ではないのですが、

伝えたいっっっっという気持ちが強く出ているので、
それに従う事にします。


腰痛をどうやって作り出しているのか、
疲れはどのように生まれるのか、

なるほどーーーーーと納得しました。
そしてもちろん、「納得すると消える」のです。



昨日私は、障害のある長女とヘルパーさんと私で、
京都の二条城に行って来ました。
夏の行事であるライトアップを見るためです。


「コンビニで前売り券が買えるようですよ」と聞いてはいたものの、
あまりに忙しくて流してしまいました。

それで7時会場に合わせて行ってみると、
切符売り場に長蛇の列。

勿論、2m開けるとか、アプリをダウンロードしてなんちゃらとか、
かなり厳しい体制になっていました。

それでよけいに行列がものすごい長さになったのですが、
私はそれにはストレスはありませんでした。

娘はヘルパーさんとウロウロして、
私は並んでいました。
姿勢を正して、少し遠い場所のライトを見つめて、瞑想に近い状態に入りました。
こういう意識状態にしておけば、数時間でもストレスなく待つことが出来るのです。


ところが入場が始まって中をめぐるうちに、
私はどんどん疲れて来て、出てくる時には腰痛と足の痺れがジンジンしていました。
そんなに強い痛みではありませんが、
自宅に戻るとヘロヘロで、何も出来なくなるでしょう。


そこで考えました。

この腰の痛みは自分で作り出したのではないか?
足がジンジンするのも、作り出したのではないか?

もし仮に私が作り出しているとしたら、
なぜ腰痛を作り出す必要があったのでしょうか?


そこで、二条城の中で何があって、何を感じたのかを思い出してみました。

実はつまらなかったのです。
カップルで来て、あれこれ会話しながら歩いたら楽しいかもしれません。
でも暗くなった庭園にライトが置かれているだけなので、
お庭の美しさを楽しむのに向いていません。
ただ、砂利道が蛇行して延々と続くのです。

毎年マッピングがあると聞いていたので、係の人に尋ねたら、
もっと奥の方に行くとあるのだとか。

それを楽しみに、砂利に足をとられながら歩き進むと、
やっとマッピングの場所に出ました。

娘はこういうキラキラした光が走り回るものが好きなのです。
だから娘はちょっと楽しかったようです。

でも私はちょっと不満でした。
そんなに素晴らしいマッピングではなかったのです。
これなら映画館に行った方が良かったなーーと思っていました。
つまり、時間とお金を損して疲れた、と考えたのです。

だから疲れたのでしょう。


期待通りにいかない時、私たちは「疲れる」んですよね。
「せっかく楽しみに期待して来たのに、裏切られた、、、」
そうやって、気持ちが体に反映されますよね。
きっとあなたもそれは体験があり、実感がありますよね?


でも、

期待通りに行かなくても、疲れる必要はないんじゃないかな?
それは単に期待通りではなかっただけで、身体は直接関係ないのだから。
そうか、私は期待外れでがっかりしたけれど、
それを「腰痛」とか「身体的な疲れ」に変換する必要はないのです。


ああそうか、私は腰痛にならなくてもいいし、疲れなくてもいいんだ、、、、、

と考えたら、腰痛がほぼ消えました。



それから足はじんじん痺れています。
砂利道が歩きにくいのです。
なんでこんなに長い道を、歩きにくくしておくのだろう?
意味が分からない。。。。
と私は考えていました。


だから私は足の痛みを作り出したのかな??
と考えました。
歩きにくいと疲れて、足がじんじんする。
ものすごく筋が通っていますよね。

でも、歩きにくくても、疲れる必要はないし、足が痛くなる必要もないんです。

「歩きにくい砂利道の犠牲になって、この砂利道のせいで足がジンジンしている」

という現実を作り出してもいいし、

「歩きにくい砂利道でむかついたけど、私の足は大丈夫」

という現実を作り出してもいいはずです。




つまり私は、体力がないとか運動不足だとか歩くのは苦手だとか「思い込んでいる」
私は「すぐに疲れる」と思い込んでいる。

それらは思い込みであり、私がそう信じたから作り出した現実にすぎないかもしれません。


本当は私は、すぐに疲れる必要はないんですよね。
歩きにくくても、疲れなくてもいいのです。
体力がない、と思い込んで、それに体を合わせなくてもいいのです。



私は「体力がない」と自分に言い聞かせ続けて来たので、
様々なチャンスを捕まえては「疲れた」という現実を作り上げて来た。
でも実はそれは「体力がない」という「強い信じ込み」に体が合わせてくれただけ。

実は私は、強い信じ込みがなかったとしたら、体力お化けなのかもしれません。



と考えたら、足のジンジンのほとんどが消えました。
腰痛も消えたし、疲れもどこかに行ってしまいました(^-^)



これって気付いてみると、ものすごく頻繁に私たちがやっている事ではないでしょうか。
きっとあなたもやっていますよね。


こうやって私たちは腰痛を作り出したり、疲れを作り出したりしている。



その証拠に、ものすごく楽しい時間をすごした時には、疲れがないでしょう?

疲れとは体のことではなく、何を信じているのかという心の問題なのです。

という事を実感しました。



こういうカラクリに気づかないために、
被害者意識とストレスを身体に溜め込んで、
心身症になるのではないかな、と思います。



というわけで、私もあなたも、疲れる必要は実はないのです。
何かが期待通りにならなかったとしても、それは単に、それが期待通りにならなかっただけで、
身体にストレスを押し付ける必要はないのです。



この方法で、様々な身体的な不調に取り組み中の私です(^-^)
いろいろ面白い発見があるので、
シェアできることはまた書きますね。