よいお年をお迎えください・読む必要のない話

死について考える

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。
一年間、あっという間でしたね。
そしていろいろとありがとうございましたm(_ _)m


大晦日。
もうお正月の準備は終了して、暖かくしてテレビを見ているでしょうか?
それとも、家族のそれぞれが好きなことをしてくつろいでいるのでしょうか?

今日の記事は楽しい内容ではないので、読まなくて良いです。

ただ、アウトプットが必要な気がして書いているだけですので、
スルーしてください。



少し前から私は「一度死ぬ必要があるのだな」という気がしていました。
肉体的な死は、まだもう少し猶予がある感じですが、
いったん死ななくてはいけない、という感覚が強まってきています。

でもとにかくもう半年以上も「何もしたくない」状態で動けないので、
脳内で遺書などを作っていたのですが、
実物が必要な気がするので、
今日はパソコン内に作り始めました。


書き始めて分かったのは、必要な内容はそんなに多くない、ということです。

1、お葬式はどうして欲しいのか。
2、お金関係の情報はどこにあるのか。
3、私が所有していた物をどうするのか。


これくらいです。
あとは残していく子供たちに「愛しているよ」を伝えるためのメッセージですが、
これは嫌がられそうな気がして、、、
ちょっと躊躇しています。




少し話は変わります。



実は私のアンティークの師匠が、10年も前から死ぬ準備をしていて、
まだ健在なのですが、平均寿命を大きく超えています。

それで、生涯をかけて集めたコレクションを、

・その値打ちの分かる人に渡していくことと、
・それを素材として新たな作品を作っていくこと、
・そのコレクションの情報を本にして残すこと、
この3つの大変な作業をずっとしていて、もう直ぐ完了しそうです。

見事だな、といつも思っていました。
コレクターの多くは、
「自分が死んだあとは子供達が好きにすれば良い。
売ってもいいし、捨てても良い。」と言います。

美術館のようなものを作れる力量のある人はわずかですし、
多くの人はお金と時間をかけたコレクションを、貸し倉庫に詰め込んだまま死蔵しています。

私の師匠のように、その値打ち、その美しさが分かる人に手渡していく、
という仕事をする人は、ごくわずかです。
私も初めてこういう方に出会いました。


それに刺激されて、私も集めてしまった布のコレクションをなんとか作品にすべく、
特に小さな小さなハギレを作品にすべく、
仕事をサボってチクチク縫い物をずいぶんしました。

坐骨神経痛もあって普段はあまり動けないので、
座ったまま出来る針仕事は自分の慰めにもなっています。
そしてこれは、私の死ぬ準備の一つなのです。
美しいと思い集めてしまった布たちが、
誰かの手に渡ってその生をまっとう出来る様にして、手放したいです。

これが、上記の3番
3、私が所有していた物をどうするのか。
に繋がります。

本当の肉体の死の時に、どのくらい集めてしまった物を成仏させられるか分かりませんが、
コツコツやるしかないな、と思います。


などという事を考えたり行動したりしながら、

「一度死ぬ」ためには他に何をしたら良いのかなぁ、、
と考えています。
やはり「遺書」をちゃんと書き上げる事でしょうか。


というわけで、除夜の鐘を聴きながら、遺書の作り込みをする予定です。



あなたの2021年が幸多い年になります様に。