「捨てること」と、大切なもの。

こんにちは。フェアリーブルーの福本いずみです。

先日『ハウルの動く城』の話をしましたね。
https://www.fairy-blue.com/128/

その時は「許し」がテーマだったのですが、今回は「捨てること」について、
お話ししてみようと思います。

映画『ハウルの動く城』で、ソフィはほんの少しの食料だけを持って、
家を出ました。
もう、この家には戻れないかもしれない、と思っているにも関わらず。

それが私が家を出たときの思い出と、結びつきました。

私は高校を卒業してすぐに、東京に進学しました。
もう2度とこの家に戻ることはない、と思い、全ての荷物を持って、家を出たのです。

東京から家出をして大阪に来たときも、国鉄の貨物便で荷物を全部送りました。
(昔は宅急便がなかったので、大変だったんですよね)
荷物を置いていくなんて、考えもしませんでした。

今になって考えてみると、これって家出というより夜逃げですよね・・

荷物を捨てられなかった、ということは、辛い過去も一緒に持って行った、
ということだったんです。
新しい人生に向かおうとしていたのに、古い人生を捨てることができなかった。

今さらながら、何をやっていたんだろうな~、私・・と思ってしまいます。

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そしてその後に、「全部捨てる」と思った時期がありました。
どうしても捨てられないもの、ないと困るものだけ残して、「全部捨てる」。

いろんなものをどん

どん捨てていくうちに、驚いたことに、ほとんどのものは「どうでもいいもの」
だったのです。

持ち物が人を表すというのなら・・
実は、私はからっぽなのでしょう。

最初にそれを自覚したのは20歳頃でした。
小説家を目指していたのですが、私には書くべきものが何もなかった。
私の中身はからっぽなのだ、ということに気がついて、諦めました。

それでも私は、何者かになりたかった。
人の役にも立ちたいし、何か大きなことをしたかった。

画家が1枚の絵で誰かの人生を変えてしまうような、
カウンセラーが人の心を救っていくような、
ヒーラーが心の傷を癒してしまうような、

そんな、何かがしたかった。

それで、さまざまなことを学んで、試してきたのです。

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今考えると、自分がからっぽだということを受け入れるのが怖くて
がむしゃらに動くことで、心の穴を埋めようとしてきたんでしょうね。

心理療法やカラーセラピー、フラワーエッセンス、etc..

その世界で生きていくのは無理だと分かった後でも、私はテキストやノートを
捨てられなかったんです。

目に見えるものがなくなったら、自分のからっぽなところを認めないと
いけなくなってしまうから。

何度も何度も、見えない存在たちからは、大切なサインが送られてきていたのです。
それに気がついても、私は認めなかった。
受け入れたくなかったんです。

自分がからっぽであること
自分が何者でもないこと

そんなことを認めるのは、とても怖いことでした。

私は恐怖と不安から、荷物を捨てられなかったのだと思います。
荷物は、私の恐怖と不安の象徴だったのです。

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持ち物を捨てるたびに、自分のネガティブな部分がどんどん浮き上がってきました。
ゴミ袋の山を積み上げていきながら、とても鬱々した気持ちになってきました。

ときどきぼんやりと放心状態になってしまって、また、思いなおして頑張って
捨てていく。

右手の親指以外を、すべて火傷してしまったこともあります。
今はほとんど治っているのですが、その時ふと、何かが頭をよぎりました。

「何を基準に捨てているの?」

生きていくのに最低限必要なものだけ?
・・そんな家は、冷たく、寂しそうな気がします。

ワクワクしながら暮らせる、楽しいものだけを?
それでは、おもちゃ箱のようなガラクタだらけの家になってしまう。

エネルギーのいいものを?
本当にいいもの、良くないものは分かっても、中間のグレーゾーンの微妙なものが
判断できない。

好きなものだけ残す?

嫌いなものは元々家にはない。

役に立つもの?

大抵のものは何かに再利用できるよね・・

他の人はどうしているんだろう~・・と、娘を見てみたら、どうも必要なものと、
愛着のあるものに囲まれているようでした。

それはとても、自然な感じのする部屋でした。

そうか、自分は過食症だったのだ・・
積み上げられた大量のゴミ袋の山を見て、ようやく気がついたのです。

気功の先生になることで、
カウンセラーになることで、
セラピストになることで、
占い師になることで、
催眠の勉強をすることで、

私の中のからっぽが埋められると思ってきた。

たくさんの物を集めて、
たくさんのことをひたすら学んでいくことで、
自分のからっぽさから目をそらしていたのです。

自分がからっぽであること。
自分が何者でもないこと。

20歳頃から何度もいただいていた天からのメッセージですが

今になって、ようやく受け入れていく準備ができてきました。

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いろいろ捨てていくうちに気がついたことは、本当に捨てるべきもの、
残したいものって、魂の自分は分かっているんですよね。

自分が関わっていきたいと思うものを、生活や仕事に置いていく・・
一緒に人生をつくっていく。

そんなものに囲まれていれば、居心地良く暮らすことができるのかもしれません。