「師匠」に依存していませんか?

こんにちは。フェアリーブルーの福本いずみです。

「この人についていけば絶対!」って、ときどき聞くことはありませんか?
でも、それは本当に「絶対」なのでしょうか?

本当の本当に「絶対」だと言えることって、実はあんまりないんじゃないかと
思います。

ですが、私も今回のメッセージだけは、「絶対」だと思っています。
「絶対に正しい」と思っています。

今回は、「師匠を求めること」と「依存」について、お話していきますね。
 
 
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 【今回のメッセージ】
  自分に深く深く問いかける事、それだけが正しい
 
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この世界で生きていくのは、手探りで暗闇を歩いているようなもの。

そんなとき、「この人についていけば絶対!」的な師匠を求めてしまうのは、
ある意味では仕方がないことかもしれません。

「先生」でも「マスター」でも、「宇宙人」でも「指導者」でも同じです。
私も以前はそんな「師」を探していました。
そして、「絶対的な師」にめぐりあえた、とも思ったことがあるのです。
ですが、それは大きな間違いでした。
絶対的に、あり得ないことでした。

カウンセリングを学んでいたときに、ずっとついていくと思えた、ある派の先生。
バーバラ・ブレナンさんの本『光の手』。
キャロライン・メイスさんの本『七つのチャクラ』。

彼らに従って学んでいくことで、とても幸せな人生は約束されたも同然で
私は導き、育てられ、成長し、
この世での使命を悟ることができたりして、
辛さや苦しさとは、縁のない人生を送っていける--

そんな妄想じみた希望を抱いていました。
「成長したい」という、私の中の強い衝動から出てきたものではありますが
今考えると、それは「依存」でしかありませんでした。
 
 
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 自信ない どうすりゃいいのか 決められない
 誰か正しい 答え教えて
 
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私は「成長したい」という願望を、
外側の誰か、外側の何かに、どうにかして欲しいと思っていたんです。

誰かに相談したり
本を読んで答えを探したり
一時的に誰かに師事してみたり。

それが悪いわけではないのです。
外からのサポートなしでは独りよがりになってしまうので
ヒントをもらったり、盲点を教えてもらったりするのは大切なことだと思います。

ですが、自分の外側に「先生」や「師匠」を求めること--
これは、「依存」でしかないのです。

たとえば、ある映画では、ヒトラーの側近だった人が言いました。
「どうか私たちを見捨てないでください。私たちに正しい道を指示してください」

それまでついていったヒトラーがいなくなってしまうと、
自分たちはどうやって生きていけばいいのか、分からなくなってしまいます。

また、死に瀕した仏陀は、「これから私たちは何を頼りに生きていったらいいのですか」と縋る相手に、最後に言いました。
「自分の中の法(のり)を信じて生きなさい」

自分を頼りにすること。
自分で道を選び、進んでいくこと。
それが大切だと言うのです。

魂の住む、神のお宮は私たち一人ひとりの中にあります。
仏陀も、先生も、宇宙人も、師匠も、キリストも
私たちに進むべき道のヒントを与えてくれることはありますが
決して「お宮の中」に住んではいないのです。
彼らもまた、彼ら自身の中に別の「お宮」を持っているのですから。

「弟子の準備が出来た時、師匠が現れる」

この言葉は間違いではありませんが、「師匠」とは特定の誰かではないと思うのです。

私たちに心の準備ができたとき、それが共時性となって、この世界に現れる。
実際に「先生」だったりもしますが、
街中でふと目にした看板だったり、友人が言った何気ない一言だったり、
パラパラとめくった本の1行だったり、
そんなところにも、たくさんの「師匠」がいるのです。

師匠や導いてくれる人を、自分の外側に求めないでください。
それは、「依存」です。

今回のメッセージ、
【自分に深く深く問いかける事、それだけが正しい】

そうすれば、本物の「師匠」は自然と現れてくれることでしょう。

「依存」することなく、彼らの与えてくれるサポートを、感謝して受け取って
くださいね。