専門の技術や薬は「異物」である

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

神田橋條治さんという、精神科のお医者さんをご存知でしょうか?
私は、この先生が大好きです(^-^)

この先生は、誰かが悩んでいる時に相談する、専門的なものを「異物」と言っています。
専門的な薬、技術は「異物」なので、劇薬である。
だから、どうしても必要な時は、恐る恐る、ほんの少しだけ用いるのがいい、と。

悩み、苦しんで、もがいている人がいたとします。
Aさんとしましょう。

Aさんの周りには、サポートしてくれる人たちや、環境があります。
この環境をBとします。

そして、Bの中にあって、Aさんには含まれないもの。
これが「異物」です。
医療行為、カウンセリング、お薬など、専門家や専門的な治療をさしています。

普通、私たちは、自分の問題は自分で解決しますよね。
自然治癒力や、自助力があるからです。

自分だけではちょっと難しい場合は、Bの環境がサポートしてくれます。
家族や友人に相談したり、食事を変えてみたり、運動をしてみたりすることで、
解決していくことも多いでしょう。

ですが悩みが深く、Bの環境でもどうしたらいいのか分からなくなった時、
私たちは専門家のドアを叩きます。

私は援助のお仕事をしているので、この「異物」に当たるでしょう。
そして、神田橋先生は、「異物は劇薬」だと言うのです。

ですから私は、時々自分をチェックしています。

私が相手にとって異物であり、劇薬だということを忘れていないだろうか?
自分が専門的な能力を過信して、不必要で過剰な対応をしていないだろうか?
罪悪感や優越感から、相手に接してはいないだろうか?
etc..

専門の技術や薬は、とても頼りになるものです。
素人では分からない悩みや苦しみの原因をさぐったり、
医療行為や薬の処方など、専門的な対応をすることができるでしょう。

ですが、過剰に期待したり、されたり、依存したり、
専門家のエゴが出てきたりすると、問題はより複雑になってしまいます。

あなたがAさんであるなら、
あるいはAさんを支える環境Bであるのなら、

【専門の技術や薬は、異物であり、劇薬である。】

それを忘れずに、ちょうどいい距離感でつきあっていきましょう。