死と再生のサイクルを生きる byオシリス

しだれ梅

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

実家の梅の花が一輪二輪咲いているのを見つけて喜んでいたら、
九州の友人が「枝垂れ梅」というのがあるそうで、
写真を送ってくれました。

さすが九州です。
満開でクラクラするほど見事に美しい梅で、ビックリしました。

実家の梅もそれなりに、
枝垂れ梅もそれなりに、
梅としての役割を全うしていて美しいですが、
やはり満開の梅はものすごく幸せです。

さて、今日も高次元からのメッセージを頂く日ですから、
目を閉じてこころを落ち着けて耳を澄ませてみます。

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死と再生のサイクルを生きる  byオシリス

あなたたち人間も、自然界も、死と再生のサイクルを繰り返している。
古い物は時期が来たら枯れて去り、準備が成されて次の新しい物が現れる。

それは日々の繰り返しの中にも現れているし、
季節のサイクルにも如実に表れているし、
もっと大きな人生のサイクルや、
もっと大きな人類のサイクルにも現れている。

枯れて去ることを恐れる必要はない。
枯れて去って終わりになるのではなく、
全ての物は再生して蘇るのだから。

本当の意味で消滅して終わりになるものもあるが、
ほとんどの物は、消滅してもまた何かの形で再生されてこの世にやってくる。

終わらない、永遠のサイクルの中にあなたたちも私たちも存在している。
その永遠のサイクルの中で、忘れる事や肉体を脱ぎ捨てる事は、
一種の祝福なのだという事を、あなたたちは忘れている。
忘れているからこそ、生きるという体験ができるのだからそれでいいのだが。
もし全てを覚えていたら、生きるという体験はもっとつまらない平凡なものになってしまうだろう。

だからあなたは忘れてしまったのだ。
そのようにセットされてやってきたのだ。

あなたが生きた事、
あなたが行動した事、
あなたが思考した事、
あなたが感じた事、
あなたが成した事、
あなたが成さなかった事、
全ては記録され、あなたの魂に刻まれ、天の記録簿に記載される。

それらは裁きのためにあるのではなく、
善悪の判断のためにあるのでもない。
ただそこに存在するだけで、あなたが連想するような意味は何も持っていない。
いずれあなたもそれを見る事ができるだろう。

あなたは生まれ、生き、行動し、何かを生み出し、何かを破壊し、
喜怒哀楽を体験し、考え、愛し、愛されて肉体を去る。
そのサイクルを様々な人生で繰り返し、らせん状にあなたの魂は成長していく。

何も怖がる必要はないし、
諦める必要もない。
あなたにはあらゆるチャンスが与えられる。
あなたがそのチャンスをつかんで次に行くまで、
チャンスは限りなく訪れる。

満開の花を咲かせるまで、そして満開の花を咲かせた後も、
花はまた死と再生のサイクルを生きて、次の花のための準備をする。
同じ様にあなたも、次の準備をした分だけの花をこれから咲かせて行くだろう。

準備とは、今与えられているものを受け入れて、
それを生きる事に他ならない。
文句を言いたくなる、なぜ?と問いたくなる、
うらやんだりひがんだりしたくなる。
そういう今与えられているものを受け取りなさい。
本当にあなたがそれを受け取れば、それが祝福である事に気づくだろう。
もし今与えられているものが気に入らないのなら、
あなたはまだちゃんと受け取っていないのだ。

だからしっかりと受け取る所から始めるのです。
次のサイクルまで待たずに、たった今のチャンスをつかんで。

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エジプトシリーズ、まだ続いています。
エジプトは、どうも何かあるようですね。
よく分からないのですが、エジプトエネルギーが必要なのだと思います。

■ 編集後記 ……………………………………………………

実家の母が、ルンバ系の掃除機が欲しいと言うので、
一緒に行って購入しました。

持ち帰って早速使用したら、面白い面白い(^▽^)/

それはよかったのですが…

ろくに掃除していない室内の埃を舞い上げたらしく、
ハウスダストで私はしっかりと花粉症です(T△T)
動かす前にマスクをするのだった…と気づいた時にはもう遅く、
クシャミと鼻水の発作。

そして母は「風邪を引いたのだ」と言い張り、
私は「ハウスダストのアレルギーだ」と言い張り、
お互いに譲りません。

まあ、どっちでもいいのですが。

で、今年はせっかく花粉症が軽いと思っていたのに、
花粉ではなくハウスダストにやられたのが悔しい私です。