柔らかな関係の人々

家族

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

最近では、いわゆる核家族、夫婦と子どもが1人か2人という家庭が
一番基本的な形であって、その他には
離婚してのシングルであったり、
両親が同居した大家族であったり
結婚をしていないシングルがあったり、
バラエティに富んでいる傾向にあります。
では、あなたは何人家族でしょうか。

現代では、好きな人と結婚したい、と思いますよね。
でも、それが当然と感じられるようになったのはまだ最近のことなんですよ。

「恋愛と結婚は別」、よく耳にする言葉です。
でも、それは意外に正解だと思うのです。
太平洋戦争以前は、親が決めた相手と結婚するのがごく当たり前で、
愛する人と、となったのは以降のこと。
それまでは家の都合や経済的、政治的な関係で決められることが普通だったのです。

学生の頃、私はそれに対して憤慨していました。
好きでもない相手と結婚し、ご飯を作り、子どもを産むなんて絶対考えられない、と。

でも、その考えさえも歴史的に見ればごく最近のものなのです。

敗戦前の一般家庭では、家族以外に女中さんや書生さんなどが一緒に暮らすのが当然でした。
私の母の実家は大きな農家で、親族以外の人たちがいつもたくさん一緒に住んでいたそうです。
家や仕事を中心とした集団になっていたようです。

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 ◆家庭が崩壊している現代日本
 
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高度経済成長からこっち、都市部を中心に、いわゆる核家族というものが生まれました。
女性は家庭に縛られず、自由に仕事ができる時代になりました。

しかし、今や核家族という形さえもうまく機能していません。
そこで考えたのです。
別に愛を中心にしなくてもいいのではないか。
愛にこだわりすぎているんじゃなかろうか。

違う方から考えてみましょう。
私たちが神の前で愛を誓うのは、それがあっけないものであることが分かっているからです。
永遠の愛が普通にあるのなら、誓いまで立てる必要はありません。
特に若い頃の愛は妄想が大半、現実が見えるとあっという間に冷めてしまうのです。

愛は4年で終わる。
生物学的にもそれが当たり前のことで、文化・風習・宗教などに関係なく
離婚するのは4年目が多いんです。
4年以上続いている夫婦やカップルは、愛以外の、例えば情などをメインに維持することができているに他ならないのです。

これは、愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史  ヘレン・E・フィッシャー著、に書かれています。

父、母、そして子のみ、という状態が当たり前となり、なかなか家にいない父親の代わりに父親役を担う母が、自分だけの狭い価値観と、これでいいのかという不安の中で子どもを育てる。
それが難しすぎる事だというのは、想像に難くないでしょう。

そして気になるのが、セックスレスの夫婦が増えていることです。
そのことに気づいた時期には、何とかできないものかと考えたのですが
だからこそ家族として成り立っていることが多いみたいです。
それはそれでありなのかな、と今は思います。

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 ◆今後は
 
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今後はまた、縁がある人たちが暮らすようになる時期があるはずです。
ただ一緒に生活したい人たちが集まる、ゆるやかな家族関係が実現していくことでしょう。

子どもが、時期によって母親と暮らしたり、父親と暮らしたり
縁のある人たちと暮らしたりする。

同性愛の人や病気や障害のある人も、縁のある人たちの中で
助け合い、励まし合いながら生きてゆくのです。

独りになりたい時は独りで、誰かと一緒にいたければ誰かと。
大勢の中で過ごしたければ、グループに入り。

障害がある人や高齢者は、できることとできないことをはっきりさせて、周囲にきちんと伝えておく。
夜間徘徊をする高齢者がいれば、夜型の生活をしている人がサポートする。
後ろめたく感じることはないもない。
病気も障害も、きちんと尊重され、そして愛されるのです。

大変な病気を抱えた家族がいると、お世話する人は
「先に死ねない」「自分が死んだらどうなるのか・・・」と考えるのですが
それは本当は必要のないこと。

そういうお世話をしたい、という人が必ずいます。
たった一人で全部背負うのではなくて、数人で食事、話し相手、運動など分担をします。
得意なことを、得意な人が担うのです。

例え要介護の人でも、だからと言ってできることがないわけではなく
できる範囲でやれることをやればいいのです。
実はお世話になることが、お世話をしてくれている人に貢献している。
そんなことがよくあります。
特に子どもには、人は人の世話になってもいい、世話をさせてもらうことは嬉しいことなのだ、というものを見せておきたいですね。

子どもを産みの親が私物化しない、ということも重要です。
育ての親は何人いてもOKです。
それぞれの価値観などが異なるので、むしろ多い方が多様性を当然として
育つことができます。
ある年齢になると、子どもが育ての親を指名することができる、というのも面白そうではありませんか?
逆に大人も立候補度できる。
どうでしょう。

難しい年頃にトラブルが起きたら
生みの親、または育ての親をサポートするのにふさわしい人たちが
家族として集まって暮らす。
落ち着いたら、後は好きなようにする。

恋愛関係にある2人はゆっくり2人の時間を過ごし
愛が冷めてきたら、情などを選んでもよし。
相手を変えるもよしです。

学びたいことがあるなら、弟子入りして昔のように一つ屋根の下で暮らす。
独りになってあれこれ考える時期もあります。

そういう暮らし方が当たり前になる日が来る、と私は思っています。

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 ◆コミュニティについて
 
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コミュニティ

実は過去も、いろんな国でコミュニティに関する試みがあれこれ行われ
失敗もあり、いまだ続いているものもあります。

21世紀は、オープンなゆるい感じのコミュニティが世界中にできていくのでは、と感じています。

地域や文化に合わせて、農業、漁業をベースにするコミュニティ。
ものづくりをベースにするコミュニティ。
各地域を網羅するコンピューターで誰もがどこからでも利用できるのです。

地球規模でエネルギーの変化が起きている今。
エゴが中心となっていた社会は崩れ去る方向に向かっています。
薄っぺらい利害損得関係ではなく、深いつながりで人間関係を作れるようになっていきます。

私たちの心の内側から、それは始まっていきます。
とても小さな変化を基盤として、生き方や人間関係、家族の在り方を、
さらに会社や社会、政治などを変えていきます。
国境は消え去ります。

ユートピアになるとは思いません。
病気や貧しさも、戦争のようなことだってすぐには消えません。
でも、そこから学ぶことは増えるはずです。

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 ◆そんな時代はもう目の前に
 
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シングルマザー、シングルファザーが保護者の半数を占める、ということは
随分前から増えていますし
分かれた後でも、子育ては共同で行う人も多いです。

同性愛者であることをオープンにする人も増えています。
以前は異端視されていた脳障害も受け入れられ
治療法があれこれ開発されたので、ある程度受け入れられるようになってきました。
ニートも受け入れてやっていけるほど、この世は豊かなのです。

変化に乗れるか乗れないかは、エゴ様との付き合い。
恐れではなく、愛のもとに行動ができるようになることです。

人は、恐れに振り回されることによって、必要以上にあれこれしたり、ストレスをためたり、劣等感を感じたりしてしまうのです。
愛のもとに行動できるようになれば、自然と自分も他人も大切にできるようになります。

恐怖に支配されることなく、愛のもとに行動できる人が作ってゆくコミュニティ。
それが私の理想であり、そうなると予想しています。

次の時代にシフトしてゆくためには、心の大掃除が必要になります。
恐れに支配されるのではなく、
愛のもとに動けるようになりましょう。