豊かさの世界・・・

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

両親

短期間ですが、ちょっと親の所に行ってきました。

父はアルツハイマーと体力の低下が進行し、ほぼ寝たきりになって
母が必死に介護をしている状態です。

今だから話せる、というようなことを母から教えてもらったり、
くたびれている母の代わりにあれこれ仕事をしたりしました。

先日はおむつ替えを一緒にしたのですが、その時母が
「お父さん、分からなくなってよかった。
今の状態が認識できてたら、きっと辛くて悔しくて泣いてしまう」
ぼそっと言ったのです。
そんな姿が確かに目に見えるようでした。

そこで、少し前に友達が教えてくれたことに少しアレンジをして、母に伝えたのです。
「アルツハイマーってね、怖がりだったり、プライドが高すぎたりした人に贈られる
神様からのギフトなんだって。」

母は手を止め、うんうんとうなずいていました。

そこからあれこれ考えや思いが広がり
みんな本当に豊かで幸せである、と深く感じました。
でもそれは私が今まで思っていた「豊かさ」とは異なるものでした。

今回のことで新しく見えてきた「豊かさ」について述べていきたいと思います。

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 ◆受け取ること、そして与えること
 
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私は今まで、豊かさとは「受け取ることと与えること」
というものだと思っていました。

十分に受け取って、十分に与えること。

まず与えよ、という考え方がありますよね。
自分が与えるからこそ、それが返ってくる。
だからまずは与えよ、と。

それは「受け取ることと与える事」という世界では本当のことです。
いわゆる「引き寄せの法則」ですね。

そして大多数の人が、与える事はできても、受け取る事が苦手なのです。
自分は受け取る資格なんてないと思っていたり、
遠慮したりして、十分に受け取ることがどうしてもできないのです。

与える人が上位、受け取る人が下位、という概念を持つ人もいるでしょう。
そして私の中には、与えたらその分減る、という感じがあったのです。
だからこそ、余裕がしっかりないと与えることなどできないと思っていました。

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 ◆受け取ること、そして分かち合うこと
 
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今回私が知ったのは、異なる豊かさを持つ世界がある、ということです。

それは「受け取ること、分かち合うこと」という世界です。

分かち合う世界というのは、しっかりと十分に受け取る事がスタートです。
私たちが今の状態で、どれほど多くの物を受け取っているのか、
当たり前にしか感じていないようなものも、多くの人の手や思いを通して作り上げられたものだということを認識し、ありがたく受け取ると言う世界です。
そして、もう十分すぎるほど与えられている、という現実。
これからも必ず十分に与えられる、と信じると、
これを周囲と分かち合うということができるようになるのです。

分かち合うとは、「自分」を分かち合う事なのです。

もらったものを人に分けたり、
さわやかな目覚めを、朝の挨拶に代えて人にプレゼントしてみたり、
掃除をしている人にお礼を言ったり、
同じマンションの人に声をかけられたり、
全ては、豊かだからできる「分かち合い」なのです。

分かち合うと、エネルギーが何倍にも増幅します。
増えるんですよ。
与えたら減る、のではなく、
分かち合ったら増えるんです。

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 ◆話を両親に戻します
 
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母は誠心誠意、父の世話をしています。
着替えは毎回1時間かかるし、おむつ替えも同様。

母は体力がある方でもないので
両方倒れてしまったら大変なので
「誰かにお願いしたら」と進めるのですが、
母が出来る限り自分でやってしまうのです。

私の両親は、若いころから人の世話になりたくないとよく言っていました。
ですから、困ったことがあってもちょっとやそっとじゃ助けを求めません。
友人や親せきにお願いすれば、誰もさっとやってくれそうなことや
シルバーの方に頼むこともできるし、ケアマネさんもいるのだから
お金を少し出すだけで解決するようなことも
なかなか頼もうとはしないのです。

人に頼らないとやっていけないのはみじめである、という感覚があるようです。
また、家族以外を信用しません。
誰かに頼らなくてはならないのは、惨めだ、という価値観があるようです。
そして家族以外の他人を信頼しません。

周囲からの助けを受け取ろうとしないのです。

けれども。

父が要介護状態になったおかげで、
私は母と思いを分かち合うきっかけをもらいました。
母は、今まで話すことのなかった内容を少しずつですが教えてくれます。
父の生い立ち、昔のエピソード、
そして親戚との考え方の違い、
今まで心にしまってきたようなことを私と分かち合ってくれるようになりました。

決して楽しいことばかりではありませんが、
分かち合ってくれるそのことがうれしいのです。

「受け取ることと与える事」の世界では、
辛い、悲しい話は嫌な感情を持って終わってしまいます。
受け取った側は辛くなるばかりです。

「受け取ることと分かち合う事」の世界では、
受け取られた辛さや悲しさは、浄化されて喜びへと変わります。
受け取った人にも、辛さなどを超えた、喜びの感情が残るのです。

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 ◆父との分かち合い
 
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父が私に分かち合ってくれているものは、まだあります。
お世話をさせてもらったり、人の役に立ったりすることは
人にとって喜びであることが多いです。
特に「マザー」元型や「ケアギバー」元型を持っている私には、嬉しい事なのです。

父はアルツハイマーになったからこそ、静かにおむつを替えさせてくれるし、
歯磨きもさせてくれます。
着替えも、食事もさせてくれます。
白内障で何も見えていないであろう瞳の奥底に
命の光が見えるのもうれしいことです。
話しかけるとときどきうなずいてくれるのもうれしいです。

たまにしか会えないからこその喜びかもしれませんが、
母もきっと、介護をさせてもらっている喜びを感じていると思います。

比較するのはおこがましいかもしれないですが
きっとマザーテレサも同じような感情を持っていたのではないかと思っています。

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 ◆分かち合う豊かな世界
 
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父はいろいろなものを失っていくことや年を取る事などを受け取ることができませんでした。
だからこそ、アルツハイマーというギフトが必要だったのでしょう。

もし、受け取れなかったものを受け取っていたとしたら
アルツハイマーは必要なかったのだろうと思います。

年を取るにしたがって、なくなるものが増えてきます。
気力体力、仕事、地位、そして若狭など
見える世界で失うものが多くなります。

老年期の課題の一つには
失ってゆくという事実を受け入れ、見えない世界の豊かさを求めていくということです。

良いものさえ受け取るのが苦手な私たちですが、
ありがたくないものを心から受け取ってゆくのは、かなりハードな課題です。

ものすごく高度ではあるけれど、それはみんなに与えられる課題です。
私たちは失うことを恐れ、工夫をこらします。
貯金をする、年金を払う、保険に入る。
それも分かち合う豊かさを信じることができないがゆえの行動です。
美容整形もダイエットも同じです。

説明が少し難しいのですが、
変えられるものとそうでないものがあり、
その区別をすることこそが大事です。
変えられないものはさっと諦め、納得するしかないのです。

素直に受け取ることができれば
豊かな世界が待っています。
それが分かっていても、なかなかできません。
私たちは受け取れないがゆえに、いろんなものに執着しているのです。

失った恋人への執着を手放す。
叶わなかった夢をきちんと諦める。
病気と闘わず、受容する。

それができれば、たくさんの祝福が与えられ
本当の豊かさがやってくるのです。
思っているものとは違うかもしれません。
でも、それが本当に豊かな世界なのです。
心が成長し、素直に「受け取る」ことができるようになれば
現状は変わらないのに、幸せな世界に生きることができている自分を見つけられることでしょう。