怒るアナタは悪くない!

この間、ある人から
「怒りって、どういう風に表現すればいいと思いますか?」
と聞かれて、少し悩んでしまいました。

怒り…、怒り…?

人の心の闇

よくよく聞いてみると、怒りというより、そもそも、どういう風にNOと言えばいいか分からなくて
話がこじれて、最終的に怒ってしまうのが、問題なのだそうです。
それなら、私にも、ずいぶん覚えがあります。


実は、わたし、最近になって英語の勉強を急に始めたのですが

中学英語の初歩から教えていただいて

英会話の音声を毎日、聞いています。

そこで面白いのが、NOの表現のレッスンがあることです。

文字に起こすと、こんな風です。

コーヒーをお持ちいたしましょうか?

いいえ。ありがとう。私はコーヒーは好きではありません。


紅茶をお持ちいたしましょうか?

いいえ。ありがとう。私は紅茶は好きではありません。


オレンジジュースをお持ちいたしましょうか?

いいえ。ありがとう。私はオレンジジュースは好きではありません。


それでは、ケーキをお持ちいたしましょうか?

いいえ。ありがとう。私はケーキは好きではありません。


では、アイスクリームをお持ちいたしましょうか?

いいえ。ありがとう。私はアイスクリームは好きではありません。

ちょっと変だと思いましたか?
こんな具合に、とにかくNOの言い換えがずっと続くのです。

このレッスンに私はとても驚いたのです。

私たちが日本語を学ぶときは、たぶん、こうはやりませんよね?

学校でも、家庭でも、こういう教わり方は、なかったように思います。

やり取りの中で、何となく覚えていくだけで
何となくNOを言うようになるだけです。

でも、じっさい、NOと言えるようになったでしょうか?
私なんて、訪問先で出してくださるコーヒーを断るときに

どういう風にNOを言えばいいのか、で戸惑ってしまい
相手に伝わらずに、お互いに困ったことがあるぐらいです。


ちょっとしたときに、さらっと、NOと言えないのですね。
考えてみれば、教わったことも、いい手本も身近に無いので
当然と言えば当然です。


日常的なNOさえ言い慣れていない私たちですから

肝心な時にNOと言えないのも、仕方ありません。

NOと言えなかったために、我慢を重ね、ストレスを溜め込み
それがいつの間にか怒りに変わるのでしょう。

しかも、その怒りをちゃんと伝えられないわけですから、悶々としてきます。

最初にストレートに「NO」が言えてしまえば
不要なゴタゴタを招くことなく、そもそも怒りを溜めることなんて、ほとんどないような気さえしますね。
相手だって、案外、受け止めてくれるかもしれませんよね。

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 ◆怒ると、ダメ?
 
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皆さんは、子どもの頃にケンカをして
周りの人に止められた事はありませんか。

ケンカをすると止められるし、周りがケンカをしていると止めたくなりますよね。
私たちは、そもそも怒りの感情を露にすることを
よくないことだと考えているように思います。


私なりに説明しようとすると…

怒りから出てくる「攻撃性」は、どちらかといえば男性性に基づくものだと思いますが
あまり洗練されていない表現と言えます。

ですが、攻撃性そのものは、男性の中にも、女性の中にも、どんな人のなかにも
存在しています。

ある人は、攻撃性を磨き、洗練させ、スポーツに活かしたりしますし
積極性・冒険心・意欲、などに転化していく場合もあると思いますが

そのまま粗野なまま攻撃性を持ち続けると
周りの人を単純に攻撃する形をとってしまい

暴言、暴力、攻撃などとなって、現れやすくなります。


私たちが住む日本は、その場その場での「和」を保つことを良しとしますから

和を乱すものを嫌がります。

ただ、その人の中にある男性性が、攻撃性を暴言や暴力に発散してしまうとき

それを「和」を重んずるゆえに
絶対的に、強力に戒めることもできませんし
逆に、よい形に変換させる方法も、あまりはっきりと産み出すことができていません。


日本人は恐らく、怒りや攻撃性の芽をいきなり積むことよりも

むしろ有益なかたちに洗練させたり、転化するほうに長けています。
そのために、どうすればいいかを考えるべきではないでしょうか。

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 ◆攻撃に晒され続けると
 
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「攻撃性」は、人の中には必ず存在していると言いましたが

とは言っても、それぞれに差が大きいように見えます。
私見かもしれませんが、私が知る男性たちは

特にある年代より上の人に、攻撃的な人が多いような気がします。

それは、時代や環境と、繋がっているのだと思います。

もし、攻撃性を、粗野な形でしか表現できない人が周囲にいたり
まして家族にいたりすると

子どもが辛い思いをしてしまうことがあります。

例えば、家のなかで父親が絶対で
それに逆らうと、すぐに「わがまま」だと言われてしまう。
何かというとすぐに怒鳴られる。
逆らうと、殴られてしまう。
そのくせに、自分で怒りの感情を表現しようとすると
それは良くないことだ!と抑えつけられてしまう。

もちろん、ゆったりと自分の気持ちを話して、聞いてもらったり
対等な立場で意見をいう体験は
無いに等しい状況です。

そういう環境は
いつ怒鳴られるか、いつ殴られるか、常にビクビクせざるを得ない状況に
子どもを置いてしまいます。

何か言われたら、それに従わなければならず
それがイヤでも、NOと言えません。

何か言えば攻撃されてしまうので
グッと我慢して黙っているしかありませんが

心の中では納得していないので、怒りが溜まり、悶々とします。

場合によっては、その時点で、何も感じないように
心に蓋をしてしまうかもしれません。


がんばって、どうにかこうにかNOを伝えようとしますが

ストレートに伝えて、相手から怒られるのが怖いので
微妙で、曖昧な言い方になってしまい、ますます伝わりません。

常にそうやって、相手とコミュニケーションせざるを得ないので
自分の感覚や意見を持つことさえ、できなくなってしまいます。

こういう鬱屈が溜まりに溜まったとき
あるときに突然、自分でも制御できない方向に爆発してしまう…

こんなこと、ありませんか?

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 ◆怒りを否定しても仕方ない
 
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最近、特にそういう傾向が見えますが
スピリチュアル分野の勉強をして本を読むと
「怒り」の感情は、よくないと思ってしまうことがあります。

怒りの感情は、攻撃性の源ですし

怒りがあるから、不要な争いや戦争が起きるのですね。

だから怒ってはいけない、怒りはいけないと思うわけです。

私たちは、怒りは
「表現してはいけない感情」どころか
そもそも、怒りを感じてしまった自分が
あたかも未熟で、悪いかのように思い込んでしまいます。

でも、これは本当に正しい理解でしょうか。

ほとんどの感情は、魂や心からの大切なメッセージとして捉えるべきではないでしょうか。

それを無視しては、いけません。

怒りの感情は、抑えようとしても
そう簡単に無くなるものではありません。

抑圧された怒りは、いったい、どこに行ってしまうのでしょうか。
そのまま消えてくれるわけではありませんから、出口を求めてどこかを彷徨っているに違いありません。

いつか、大爆発を起こすかもしれません。


感情それ自体を、良いもの、悪いものに区別することはできません。

あなたが怒りを感じたということは、たぶん、それなりに理由があって
やむを得ないことなのでしょう。

だから、そのことを否定するのではなく
沸いてきた感情とどうつきあうか、を考えれば良いのです。

もちろん、怒りは悪くない、と居直りすぎる態度も問題です。

むやみに怒りを爆発させたり、相手をいつまでも攻撃し続けたり
自分の正しさを振りかざして、相手の話を聞かなかったり

最終的に全てを自分の想い通りにしてしまおうとすることは
よくない付き合い方だと言えます。
なぜなら、これでは、自分の中の攻撃性を粗野な形で爆発させているだけだからです。

また、これまで書いてきたように
そもそも、怒りを感じないように押さえつけてしまうこと
怒りを感じている自分を否定し
、表現せずに我慢する事は、
やはり良くないことです。


怒りの感情が湧いてくるのは悪くないのですから

怒りの感情とのつきあい方に気をつければ良いだけなのです。


では、どう考えたら良いのでしょうか?

これは、怒りだけでなく
悲しみや寂しさ、虚しさなど
私たちが、あまり感じたくないと思っているマイナスの感情たちに共通することです。

少し苦しくても
ジェットコースターから下りて

しっかりと自分で受け取ってあげると

ちゃんと成仏して、その人から離れていくことは、確かなのです。

そのような感情が成仏した後には

それ以前には無かった深い感覚があなたを訪れて
そこに宝物が埋まっていたことに気づかされると思います。
感情が成仏し、離れていくことを、信じてよいのです。

信じる

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 ◆怒りを洗練させるには
 
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今日の怒りの話を、少しまとめさせていただくと
こうなります

・ まず、自分の中に怒りの感情があることを否定せず、認める。

・自分に訪れた感情は自分のものだ、と感情を持つ事の責任を引き受ける。

(誰かのせいでこうなったの だ、と被害者を演じることで、感情から逃げない)

ここは以前にも書かせていただいた「108回音読する元型」の出番ですね。
感情のジェットコースターから降りる場所です。

・ちょっと根深い怒りだな…、と思うなら、安全な友人やカウンセラーに、怒りを受け止めてもらう。

・アイメッセージを使って、その怒りを 表現する練習をする。

・必要を感じたら、相手にアイメッセージで怒りを伝える。

アイメッセージで伝えられた怒りは、ある意味で洗練されたものです。
そこから破壊的な攻撃性は生まれません。
逆に伝えた相手と、深い絆をつくるチャンスさえ、出てくるでしょう。

 今日、ここに書いた話と方法論は、
攻撃性をどうしても粗野なかたちで表現しがちな人も

そういう人が周囲にいて、なかなか上手に怒りの感情を表現できないでいた人にも

ある程度は、共通するものです。

あらゆる感情は、意味があるものですし、素晴らしいものです。

しっかりと感じてください。

もちろん、怒りも、しっかりと感じていいんです。

そして、思いっきり怒っていいのです。

そして上記の方法を使って、洗練させた形で、怒りを表現してください。
それを否定する人はいないはずです。
自分ひとりで、考えるのが難しい場合は
遠慮なく、相談してくださいね。