努力とムリの怖さ

誰かが何かを頑張っているのを見ていて
凄いな、その努力・頑張りが、きっと実になるだうな…と思えるときと
申し訳ないけど、どうも、それは無理そうだな
いろいろ我慢しすぎでしょう、と思ってしまうことがあります。

横から見ていると、その差は明確ですが
努力している真っ最中の自分は、なかなか気づけません。

それは無理でしょう、破綻するでしょう…と見えてしまう努力は
「我慢が足りないのではないか、努力しない自分は、ワガママなんじゃないか…」と言います。
その無理を、いったん止める選択肢が、その人の頭に浮かんでいないのです。
これは見ていても、かなり辛いことです。

「努力」と「無理」の境界って、どこにあるのでしょう。

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 ◆修業系の時代
 
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努力は、今はまだ出来ていないことを目標に掲げ
それに向かって近づこうと、行動している姿、ですね。

これを私は、「修行系」と「お気楽系」に分けて考えました。

修行系は何かの練習、レッスンをすること。
文字通り修行として、自分に対する厳しさが要求されていますね。
この努力のあとが気持ちいいとか、達成感があるという感情とセットなので
「快」と「不快」の感情がセットになっていることもあります。

お気楽系は、やりたくないこと、イヤなことは、そもそもやりません。
好きなだと思うことだけを、楽しくやります。
あるいは、いまあるものを、本当に十分楽しんでやります。
なので「快」がほとんどで、「不快」が交じることは多くありません。
もちろん「なまけ」とは違う問題です。

体育会系の部活動などを見ると
ほとんどが「修行系」に見えます。
「好きな事、楽な事をしていて、成長するのですか?上達するのですか?」
と思ったあなたも、修行系の教育を受けてきたのでしょう。

私の父もよく言っていました。
人生は苦しいものだ、辛いものだ。
それにグッと我慢し、耐えていくのだ。
老後の心配をしなくてすんだのも、一切の無駄遣いをせずに
頑張って、努力して、我慢して貯金したからだ、と言うんです。
これは立派な、修行系ですね、人生そのものが修行系です。

で、別に私の父だけではなく
実は今までの社会の価値観は、修行系でした。
なので、もし傾向として「お気楽系」を持っているとすれば
それではダメだ!!と
「修行系」を強いられてきた方もいらっしゃるでしょう。

あなたはもともとは「修行系」ですか?
「お気楽系」だと思いますか?

修行系

どちらにせよ、「苦」がなければ上達も成長も出来ない
というのはある意味では事実だと私も思います。残念ながら。

 苦労は買ってでもしろ
 可愛い子には旅をさせろ
 艱難汝を珠にする

などという言葉が、それを教えています。

ただ、そういう時代が終わりつつあるとも同時に感じています。
「苦」そのものは、確かにあるのだし、現実なのだけども
それを感じる方法や、「苦」を「苦」と思うかどうかの精神状態によって
「お気楽系」に移行できるかもしれないと感じます。

これが大事なのだと思います。

どこをどうしても、「苦」「不快」と感じる現実がなくなるわけではありません。
でもそれを「快」「お気楽」に変換していくことは不可能ではありません。

もちろん、修行系で生きることを否定するわけではありません
そうして生きる、生きてきた自分にも、何か意味があるに違いないからです。

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 ◆努力することでしか本当に得られないか?
 
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努力する事、頑張る事で得られるものは
根気、集中力、持続力、行動力などでしょう。
そして力を出し切ることで、奇跡が起きると言われます。

斉藤一人さんのCDに素晴らしく分かりやすい話として
この「出し切る」ことが語られていましたね。
まだの方は、ぜひ聞いてみてください。

しかし、結局のところ、この「努力」に「苦」によってしか
養われないと思われたものは
本当に「お気楽系」では養えないのか
楽しみながらの努力でも十分に身につく美徳ではないのか?ということです。

「修行系」から「お気楽系」に移行したい人のために「108回音読する元型」を。

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 ◆実らない苦労はどうして?
 
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もちろん、全ての苦労が実るわけではないでしょう、
逆にどうしようもない結果に終わる事もあります。

何が違っているのでしょう?

私が最初に考えるのは
その苦労・努力は、自ら求めてしているものか
誰かに強制され仕方なく、やるべきと考えているものか
という違いです。

「やらされる」ことの全ては、間違いなく苦痛です。
それが「快」だという感覚を持つ方もいらっしゃるとは思いますが
まず、一般論で考えれば、苦痛でしょう。
「やらされる」「強制される」ことの全ては苦痛です。
その内容が、好きな事であったとしても…、ということです。

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 ◆我が侭のホントのところ
 
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よく言われる事に「我慢しなさい」がありますね。
子ども時代はいつも言われます。

自ら求めたのではなく、状況や誰かに強制され
いつの間にか苦労していることがあります。
それは本当に苦痛だと思いますが
そんな時によく脳内で響いてくる言葉があります。

「我慢が足りないのではないか、もっと我慢が必要なのでは? 私はワガママなのでは?」
そういう声が聞こえるのです。

「ワガママ」というのは「我が侭」ですから
自分の事しか考えていない状態を言います。

赤ちゃんから幼児期には、自分の要求、自分の立場しか存在しませんから
誰でも我が侭が当然な時期ですね。
子どもが少しづつ成長していくと
自分の欲求を通すことと、周りが迷惑することの関係に気づきはじめ
相手を立てて自分を押さえる事を学んで行きます。
これが第二段階です。

でも、これをやりすぎると
常に他人中心で、自分を思いきり抑えてでも
周りの顔色を伺うばかりの性格になってしまいます。

で、注意が必要なのは…
誰かがあなたを「我が侭だ」と言うときなのです。
それを別の言葉で言うと
「あなたは私の欲求とは違う事をしようとしている。それは私にとって都合が悪い」
という意味であることが、実は多いのです。
これは、年齢や地位や声の大きい方の我が侭の世界ですよね。

そこで第三段階が訪れます。
「我が侭だ」と誰かに言われたのなら
それは相手にとって、何か困ることがある、都合の悪い事がある、という意味です。
自分の要求、望みはAで、
相手の要求、望みはBだ、と確認したら、
相手の顔色を伺って相手に合わせるだけでは苦しいのです。
「お互いによし、と思える選択を探す」のが、この第三段階です。

相手の望みがなぜBなのか
自分はなぜAを希望しているのか
その関係、バランスは、どうか。
徹底的に考えて話し合うと、自ずと第三の道が見つかります。
両者がニッコリできる道が開けてくるはずです。

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 ◆ムリは、ムリでしかない
 
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「無理をする」ことは誰にでもありますね。
「無理」というのは、単純に「無理」なんです。
それ以上のことはないのだと思います。
「無理」は近い将来、必ず「破綻」します。

これは当然ですね。
無理なのですから、やはり無理だったのです。

なので「正しい無理の仕方」が、もし存在するとすれば
なぜその無理をするのか、その目的をはっきりさせ
それでも無理する価値のあるのならば
「期間限定」で短く、することでしかないでしょう。

無理する価値がないと思ったり
無理しなくても別な道があるとすれば
さっさとやめるべきです。
それは、自分をいじめていることになります。

無理

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 ◆間違ったムリから早く抜け出しましょう
 
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でも、何のメリットもないのに、なぜか、「無理を止められない、我慢し続けるしかない」という状況もあります。

だからこそ、辛いのですよね。
なぜそれを止められないのでしょう?

・やめるきっかけを探しているが、見つからない
・「ねば・べき」に縛られている
・自分のプライドが許さない、一度決めたらやり切る
・相手に言い出そうとしても、恐怖感ですくんでしまう
・何かに執着している
・やらされている
・感覚が完全にマヒしている、どうでもいい

というような理由が、私には想像できます。
これを続けると、いつか、決定的に破綻してしまいます。
病気、事故、金銭的な破産、ノイローゼや鬱…
行くところまで行き着いて、ようやくムリから逃れられるのでは
遅すぎます。

もしあなたの身近な人が、そのような状態に陥っているとすれば
是非、このメルマガを見せてください。
もしあなた自身がこのような状況に陥っているなら、
是非、このメルマガを読んで、改めて冷静になってください。
人生をそんな形で壊さなくても、今の状況を変える方法は他にあるはずです。
必ずあると信じましょう。

こんな状況を変える手助けが欲しい方は「メールdeカウンセリング」を使ってください。
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