両性具有の可能性

湯山玲子さんの『女装する女』
を読みました。
これはかなり面白いです。

「ライスワークからライクワークへ」というセミナーを
先日やりましたが
そこで議論されたこととも近いですね。
是非読むといいです。
時代をどう読み解くかという視点と、仕事や私生活の充実はつながっていますので。

セミナーに参加されていない人も
目次を見て面白そうな部分を立ち読みしてください。
こういう視点があると、世の中の急激な流れの中にいて
方向性を見失わずにいられると思いました。

実は数年前から私も、スカートを履いたりする日は
「今日は女装なのね」などと言われるようになりました。
真剣に仕事をしていると、どうしても男性モードになっている気がしますし
公私のハッキリしない私は
まだやっぱり、日常生活でも男性モードになりがちのようです。

友人達を見回してみても、
仕事帰りや風呂上がりにビールをゴクゴク飲む女性たちがいて、
雰囲気も会話も「おやじ」そのものです。

それどころか、最近では
立ち飲み屋に女性が一人で入るのもアリなのだとか。
ともかく、いま、そういう人が増えている気はします。

逆に、男性がブラジャーをしていることもあると聞きますし
女性がふんどしを楽しむ時代になりました。
下着という身体的な部分でのこうした変化は
見えにくいですし、え?と思うかもしれませんが
非常に深いものなのだと思います。

本当にここ数年の時代のエネルギーの変化スピードは、
ものすごいものがありますね。

男性の女性化、女性の男性化が進んでいるのを感じ
さかんに「恋愛塾」を開催したことがありました。
でも、最近は、さらにまたその変化がハッキリと現れてきたので
今日はまた少しその事を探求してみます。

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 ◆女性らしさは、モードでしかない
 
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数年前に恋愛塾をしていた時には、
男性も女性も「中性化」してきているのだと私も思っていました。

でも、よく観てみるとそうではないようです。

女性の中身は既に男性化していると言ったほうがいいでしょう。
仕事が好きな女たちは
自分の能力を発揮していい仕事をしています。
そして、ここぞという時に「女装」して楽しむというスイッチの切り替えになっています。

上記「女装する女」にそのあたりの事が詳しく書かれていますので
ぜひ読んでみてください。
多くの女性達は、この感覚が分かると思います。

なので、女性は「男性モード」と「女性モード」を使い分けていることになります。
もっと言うと、男性モードをベースとして「女性モード」を楽しんでいる人が
増えているということですね。

男性化

仕事をする女性達だけではなく、もちろん主婦で子育て中の女性達も、
多分同じ事が起きているだろうと思います。

でもそれに対して男性たちは、女性化しているだけなのでは?
という風に見えます。

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 ◆人工的な文化
 
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「らしさ」は 人間のDNAに組み込まれたものではなく、
風土や文化が作り上げてきたものだと
社会学の学者さんなどは言うようです。
ですから、文化によって男らしさや女らしさの意味
「性的役割分担」も全く違うものになります。

東南アジアの男性たちがあまり働かずにブラブラして
女性たちがせっせと働くのはよく知られていますが
それも文化的に培われたものでしょう。

そして文化は作り物なので、何かがあると壊れます。

私たちを育ててくれた両親の世代では、
女の子が生まれたらピンクや赤の服を着せ
男の子には青を着せるのが当たり前の発想でした。
少し大きくなって、男の子が赤い色を好んだりすると
「それは女の子の色だから」と禁止することさえ、あったように思います。

今では、そういう「当たり前」はもう存在しませんね。
どんな色でも男女関係なく使えるようになり
ベビー服でさえ、白っぽいものばかりでなく
黒や紫が使用されるようになりました。

男の子は青で、女の子は赤、という
思い込みの文化はとっくの昔に崩れ去ったのです。

そんな風に自由度が増すという事は
昔ながらの「らしさ」が崩れるという事です。
現代はまさに「らしさ」の文化が壊れてしまいました。

男性が男らしくある必要もあまりなくなり
女性が女らしくある必要もあまりなくなってしまいました。

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 ◆父性原理が、もともとあったわけではない
 
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それだけでなく、日本には
西洋社会のような「父性・男性性」はなかったとさえ、言われるようになりました。

「チャクラエネルギーで読み解く古事記」のセミナーをしていたとき
改めて古事記を読み直しましたが
その冒頭からうなってしまいました。

日本は母系社会だと言われていますが、
古事記の冒頭の「天地の初め」の書き出しのシーンから、
それが色濃く表現されているんです。

こんな風に書かれています。

天地始めて発けし時、高天原に成りし神の名は…

天と地が始めて別れた開闢の大変化について
なぜ天地が別れたのか
誰がどうやってそうしたのか
どんな風に分かれたのか
どんな理由があったのか
といった説明が全くないのです。

それで、ただ単に、「天と地が始めて分かれた開闢の時に…」と
ごく簡単に書かれているだけだったのですね。

その後に生まれた神様についても、

「高天原に成りし神の名は…」と書かれていて、
誰が産んだのか、
どうやって産んだのか、
どういう存在なのか、
という肝心なことが、いっさい書かれていないのです

「成りし」とは、誰の意図でも指図でもなく「自然にそうなった」
というぐらいの意味ですね。
天地の分かれも、神様の出現も、誰の意図でも指図でもなく
「自然にそうなった」ことのようです。
なんというか、とても受動的ですね。
これこそが「母性原理」そのものだと思います。

それに対して旧約聖書では、

神「光あれ」と日へばそこに光ありき

と始まり、唯一絶対神が7日間で世界を創った事が書かれています。
誰が、どんな風に世界を創ったのか、という事が明確に書かれています。
太陽も月も神が創造したものだということです。

こんな風に責任の所在がハッキリしていて
明確に何かを分けてゆくのが「父性原理」の基本だと思います。

などと考えつつ古事記を読み返しながら
日本人のDNAの中には、やはり母性原理が深く深く刻まれているだなと
改めて強く感じました。

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 ◆結婚って、なんだったのか
 
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しかし日本でも、男性優位の社会が2000年以上続きました。
それは「母性原理」の上に乗っかっていた社会だと考えられます。
女性は常に男性を「立てて」きました。
男性は女性のお陰で、男社会を創っていられたと言っても
言い過ぎではないでしょう。

現在ではもう、男性は男性としてしっかりと立ち上がる気力がないし
その必要さえありません。
少し前までは、家族をしっかりと養うのが男性の甲斐性でした。

でも、今や女性は自分たちでしっかりと稼ぎ始めたので、
養ってもらう必要も薄れて来ています。
そうなると、男性を立てる必要を感じなくなってきました。
男性を立てるよりも、自分でやってみたいと思うようになったのです。

私は「恋愛成就」のお札を作ったりしているので
結婚したいという女性たちの願いを聞くこともありますが
それ以上に「恋愛はしたいけれど、別に結婚しなくてもいいな」と
思っている女性が多いだろうと私は感じます。

そして若い女性たちの口から「結婚する理由がないのよね…」と聞くことが増えてきました。
未婚で子どもを産んでも、ちゃんと育てられるし
それどころか、子育てなどという面倒な事をしなくても、ちゃんと生きていける。
自分で働いているので、食べさせてもらう必要がない。
結婚して夫のお守りという仕事が増えることのメリットもない…

私たちはもう、結婚に夢を投影できなくなっています。
男性に自分の一生を託すより
自分自身の可能性を生きる方が楽しい、と最近の女性達は思うようになっています。

でも、結婚したい気持ちが全くなくなるわけではありません。
結婚したい女性たちの願いの裏側にあるのは、
赤い糸の相手と燃えるような恋愛をしたい。
素晴らしいパートナーが欲しい。
老後一人だと寂しい。
一度は結婚してみたい。
周りに言われる。
経済力がない。
子どもが欲しい。

というような複雑な想いの重なり、にあると感じます。

なので一度結婚生活を試してみて、幻想が破れたバツイチの女性たちからは
「老後は気の合う女同士で暮らしたい」
「一番気楽でいいのは、ホモセクシュアルの男性」
という話さえも、聞かれます。

言い過ぎだと思われるかもしれませんが、結婚の夢のほとんどは「幻想・妄想」です。
それに気づいた後にこそ
リアルで心地よい夫婦関係を築いていく事が出来るのが
本当に幸せなカップルだと思います。

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 ◆関係性により、結ばれる
 
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家族や家の形態・概念もこれからどんどん変化していくでしょう。
血縁に関係なく、一緒に暮らしたい者同士が
より集まって生活する形態が増えると思います。
同じ目標を持つ仲間たちの暮らしや
なんとなく縁があったメンバーの共同生活も出てくるでしょうし
男同士、女同士のカップルももっと増えるでしょう。

恋愛塾をしていた数年前は
セックスレスの夫婦の増加を危惧していたのですが、
むしろ、今、それは主流になりつつあります。

「仕事とセックスは家庭に持ち込まない」という男性がいて笑ったことがありましたが
それさえも、普通になっているのかもしれません。
お互いに家庭を守りながら、セックスの相手は別にいるのもあるのかもしれません。

そんな風になってくると、独身の人たちには「結婚する理由がない」し、
結婚している夫婦が結婚という形態を続ける理由がなくなってきています。
いざ結婚している夫婦でも
離婚しない理由が「面倒」と「惰性」と「経済」しかなかったりします。

もし、あなたが未婚ならば、結婚したいと思いますか?
その理由は何ですか?
もし、あなたが既婚ならば、結婚し続けている理由は何ですか?

とはいえ、結婚し続けている理由が「面倒」「惰性」「経済」だとしても
離婚しなさいとお勧めできるわけではありません。
今の生活を続けていくのに、その理由を自覚していたほうが
精神的に健康で居られる、という意味で言っています。

こんな、私の身も蓋もないこの話を読んだ後に、
今のパートナーと一緒にいる理由が思い当たって、
それを幸せだと感じる人が1人でもいたとしたら、それはそれで幸せなことです。

そしてこれからは、兄弟のような関係、親友、クラブの合宿の雰囲気
のような夫婦・家庭が増えていくのではないかと思います。

友人

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 ◆取戻し?
 
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何度も言っている事ですが、人の中には必ず、男性性と女性性があって、
それらは対立する事もあるけれど、
男性性と女性性が両方とも、十分に成長・成熟してゆくことはありえます。
そして、男性や女性というよりも
人としての魅力に溢れた統合された人になってゆきます。

再び古事記からです。

古事記の物語によると、イザナギとイザナミが結婚して最初に産んだ子供が「水蛭子」で、

この子は葦船に入れて流し去てき

とあります。
不具の子だったために捨てられた子どもです。
詳しい事は古事記のセミナーに譲るとして
この子は「父性原理・男性性」だった、と読み取る事が出来るのだそうです。
(様々な説がありますが、ここはそういう事で)

私たちは、神話の時代に男性原理を捨ててしまい
母性原理で社会を創ってきました。

ですが、捨て子が拾われて、後に英雄になるお話も世界中に沢山あるのをご存じでしょうか。
旧約聖書のモーゼ、ギリシャ神話の英雄ペルセウスも捨て子でした。

今、女性たちは「水蛭子(男性性)」を取り戻して育てつつあります。
そののちに、英雄に育つ人も出てくるでしょう。

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 ◆両性具有の女性たち
 
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男らしさや女らしさという文化的な足枷がなくなりつつある今
女性は、自分の内側にある男性性を否定したり
か弱い女性を演じる必要がなくなりました。

男性は、自分の内側にある女性性を否定したり
強い男性を演じる必要がなくなりました。

本当の自分らしさを探して、
両性具有の生き方が、本人の意思によっては
出来る可能性が広がっています。

女性たちの今の課題は、
男性スイッチと女性スイッチの切り替えを上手になって、
広がった可能性を十分に楽しむ事。

男性たちの今の課題は…
男性スイッチを発見してほしいです。
男性性も女性性も使える両性具有になって欲しいのですが
しばらくは、まず女性化を楽しむ傾向が続くのだと思います。

男性たちが両性具有の生き方を目指せる時は
やってくるのでしょうか。
それとも、男性という存在が大きく変わってしまうのでしょうか。

分かりませんが、とにかく今は女性たちが先を歩んでいきましょう。