罪悪感が湧いてくる意味

実はここ最近、何かが変だ、という感じがしていて
違和感を自覚していました。
それで、友人達にサポートしてもらいながら、あれこれ探求していました。

事の始まりは、先日Aさんと話していた時の事です。
Aさんの言葉にカチンと来てしまったのです。
その場は、荒立てずに、どうにか流して別れたのですが、
しばらく怒りまくっていました。

友人に電話して事のいきさつを話し
吹き上がってくる愚痴・文句を聞いてもらったりしました。

何かに本気で腹を立てる、感情のジェットコースターに乗りまくる
という体験は割りに本当に久しぶりだったので
いったい何が起きているのか、冷静に考えてみることにしました。

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 ◆最初にやるエクササイズ

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まず最初に、基本のエクササイズをしました。
Aさんの嫌いな側面、ひっかかる性質をリストアップして、
Aさんの好きな側面、いいな、と思う性質もリストアップしました。

実は、Aさんに見える嫌いな側面、ひっかかる性質は、
全てそっくり、そのまま私の中にあるものです。

それは自分でも自覚があって、
私だけでなく、父にもあったものなので、いい気持ちではないけれど、
いまさら感情的になるような事ではありませんでした。

何か腹の立つ体験をした時に
この最初のエクササイズは、皆さんにもぜひ、試してみてほしいと思います。

以前のメルマガにも書いたのですが
相手のマイナス面として見えるものは
必ずと言っていいほど、相手だけでなく、あなたの中にもあるはずです。

それを「あ~これは私の中にもある」と受け入れる事が出来るとすれば
それだけでとても楽になります。

「自分の中にもある」と認めるまでは
苦しいですし、なかなか向き合えないものですが
とりあえずは、良い悪いの判断を止めて
そういう素質が「ともかくも」自分の中にも確かに存在するのだ
という事を受容してみてください。
これだけで、すいぶん楽になる可能性が高いと思います。

人としての器が広がり、世界が広がり、人生が
突如として違う見え方をしてきます。
成長する、というのはこういう事なのだと思います。

解放

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 ◆何の、どこに反応してしまうの?
 
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Aさんの話に戻ります。

感情が爆発した引き金になった言葉について
まず私は
過去のトラウマとなった体験と同じ痛みを感じて
唐突に反応したのでした。

つまりAさんはある言葉を発した。
その言葉は、私に過去のトラウマを思い出させ、
Aさんの意図とは全く関係なく、私は「切り捨てられた」と一人合点したのでした。

過去の痛みと怒りが再現され
私は感情のジェットコースターに乗ることになってしまったのです。
Aさんが私を傷つけたというより
Aさんの言葉に、私が勝手に反応してしまったのが実際でした。

それを冷静に考え直すと
ちょっとスッキリしました。
私は、その段階で、十分に癒されて、相手も自分自身をも
許せるような気持になったのですが
実は、まだそれだけでは終了していないのも事実でした。

こういう「終了していない」場合にどう考えるか、と言うと、
道は大きく分けて、2つあるように思います。

まず一つは
信頼できるヒーラーさんやカウンセラー、セラピストさんの所に行って
「切り捨てられた」と感じた過去の体験とそのエネルギーを癒すサポートをしてもらうことです。

もう一つは、自分で出来るものです。
その再現された痛みや怒りを、ともかく味わい尽くしてしまいます。
かなり辛いですが、感情のエネルギーは、味わいつくし感じつくすと、
気づいた時には、流れて、なくなります。

それと、自分でできることとしては
過去の似たような体験を全てノートに書き出します。
書き出して、本当に「切り捨てられた」のか
今回の私のように自分が勝手にそう解釈して反応したのか
の違いを、ハッキリと区別できるように考え直してみます。

例えば私は、今回たまたま思い出した過去3回の似たようなトラウマ体験は
やはり考え直してみても
3回とも実際に切り捨てられた体験でした。

そして次に、どんな出来事から、そういう解釈が出てきたのか
その共通項をノートに書き出します。

私の場合は2回は相手が男性です。
3回とも相手はある種の権威を持った人です。
3回とも、私は相手を信頼していて、自分ではもうどうしようもない状況からなんとか抜け出したくてSOSを出した時に起きた事でした。

というように共通項を洗い出してください。

すると
このような体験から私は、自分がどんなに辛くても
特に目上の権威のある男性には、決して相談しない、弱みを見せない、
と思い、行動を強めてきたことが、なんとなく発見されました。
そして、ますますかわいげのない強い女になったわけですが…(>_<) でもお陰で、自分の内側のデリケートな側面と それを見せてはいけない人の判断を 間違う事はなくなりました。 つまり 「こういうタイプの人に自分は反応してしまいやすいのだ」 というパターンを知ればよいのです。 まず、それを変える必要はありません。 ただ知っているだけで、似たような体験をまた引き寄せてしまう事を防げるようになりますので それだけで良いのです。 知っているだけで、自然に出来るようになりますから、 何の努力もしないで良いのです。 私たち日本人は どうしても努力するのが大好きなので 事態の原因が分かると、頑張ってそれを変えようとしたくなるのですが 変えるのではなく、ただ知っているだけで 何もしない方が効果が生まれることがあります。 ☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆    ◆罪悪感はなぜ生まれるのか?   ☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆ 今回は別の友人が更にサポートしてくれたお陰で、 Aさんに反応して起こされた事件は思わぬ発展をして もう一つ再発見がありました。 罪悪感やコンプレックスは、その人の足を引っ張る。 という事です。 若い頃に確か岸田秀の本を読んで、 罪悪感のからくりを知りました。 おぼろげな記憶なので少し違うかもしれませんが、こういう事です。 罪悪感というのは、 何かをしてしまった事の後悔か、 何かをしなかった事の後悔がある、という2つの説明のことですね。 無意識の衝動と意識の「~ねば、~べき」が衝突する時、 両方とも満足させてくれる方法が罪悪感を持つ事だとされます もしも、Bさんに心ない事を言って傷つけてしまったことで とても後悔して、罪悪感が発生したとします。 それは、複雑な事態で 無意識にBさんを攻撃したい、傷つけたいという気持ちがどこかにあって それを行動に移す事は意識の「私はいい人であるべき」というルールに反するので出来ません なのに、どうしてもBさんを攻撃したい衝動があって押さえられなくなると 2つの意識が衝突して 結果としてBさんを攻撃して傷つけてしまって、それを後悔して反省するんです。 こうして罪悪感を持つことで Bさんを攻撃したいという無意識の衝動も満足して、 後悔して罪悪感を持つことで、実は私はそんな人間ではないのだ という両方の気持ちを満たされるんです。 一種のwinwinですね。 このからくりが分かったとき、私には衝撃でした。 人の心・無意識は、こんな動きをするんですね。 そして、それがイヤならどうしたらいいのかと言うと Bさんを攻撃したい、という衝動がある事を 自分でまず受容できればいいんです。 自分にはそういう面もあるのだ、と受け入れてください。 無意識のままのものは、知らないうちに強いパワーを持って突き上げてきます。 人を攻撃したいというような衝動がある自分を許して、認めてしまうと、 それを行動にしなくて済むようになるんです。 中には、衝動のままに行動してしまう人もいますが それはまた違う感情が絡んでいるのだと思います。 基本的に、自分の中の傾向や衝動・影にまずは気づき 意識に登らせる事が出来れば その瞬間から、その衝動はパワーを失っていくことになります。 「そんなつもりではなかった」 という気持ちが湧いてきた時には、自分に問いかけてください。 実は心の奥底に そうしてしまいたい気持ちがあったのではないか、と。 思えばよいのです。 それがイエスなら、奇妙なことと思うかもしれませんが おめでとうございますヾ(^∇^)♪ ということなのです。 自分の中の影・闇の部分を認める事が出来たときから あなたを支配する影のパワーは軽減されていくのです。 ☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆    ◆過去とコンプレックス   ☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆ 私なりに、今回の友人のサポートで気づいたのは コンプレックスで私は身動き出来なくなっていたのだ という事でした。 私には出来ない事が沢山あります…ということで 出来ない事をただ「出来ないのだ」と受容しているなら、 それはコンプレックスにはなりません。 逆に、出来る事を探せばいいだけです。 出来ない事を受け入れられないから、それがコンプレックスになるのですね。 そのコンプレックスは 「たった今」ではなく、過去の体験を自分で勝手に評価しているんです。 「過去はこうだった、だから今も私はこれが出来ないに違いない」 となってしまいます。 どうしてもしなければならない場面があると、 やってみるけれどうまくいかない。そして、 「ほら、やっぱり今も出来ないんだわ、私」と確認してしまいます。 そうやって出来ない自分を強化してしまい コンプレックスはさらに強いものになってしまう、という悪循環に行きついてしまいます。 さらには出来ない理由、いい訳を探すようになってしまいます。 あるいはコンプレックスを克服するために、努力に努力を重ねる。 エゴは常に「不足」を感じていて満足する事がないので そうなると もしかしたらどれほど努力しても安心や満足、心の平安は訪れないのかもしれません。 ☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆    ◆「いま」に注力していく   ☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆ もしも「過去からの声」に耳を傾けるのを止めて 「たった今にいる」事が出来たとすれば 別の地平が見えてくるに違いない、と私は思っています。 出来ないとか無理とかいう判断を止めて、 自分はダメだとか力がないという判断も止めて、 過去の体験と手を切れるとして… たった今の空気をしっかりと呼吸出来たら 頭で「こうすべき」「こう出来たらいいのに」という水準とは 全く違う 自分らしい何かが出現するにちがいない、という予感がしています。 気づき

今までどうしようもなく、身動きできないような感覚があったのですが
今回のことで、ちょっと光が見えてきました。
というわけで、できるところから実践します。