日本人が好きだったコトバを…

みなさん、こんにちは

突然ですが、エクハルト・トールさんをご存じでしょうか?
日本でも何冊か翻訳されていますが
去年秋に発売された

『ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-』

は素晴らしいです。

エゴがどういうもので、どうしたらエゴから自由になれるのか
とても深く、しかしシンプルに書かれています。

エクハルトさんは
すでにエゴから自由になった方と言えるでしょう。

私がまだエゴにまみれつつ考え、書いている事を
仮に同じような文面に見えたとしても
エゴから自由になった場所から書いてくださっている感じです。

この本を読んで、自分はまだまだだな~と思ったのですが
一応の方向性は正しい(^_^)vと
前向きにとらえることができました。

なので、勇気を得たので、また思い切って書きます。
今日のテーマは、少し前から引っかかっていた
「頑張る、努力する、我慢する」についてです。

頑張る

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 ◆日本人が好きだったコトバ
 
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頑張るときは、いつもの自分のペースではやりきれない状況になった時に、
少し無理をする、という場合が多いですね

努力する場合は、いつもの自分のペースでは
目標に達成できない状況の時に
目標値に追いつくためにする必要があるときですね。

我慢するときは
いつもの自分ならやらない事を
どうしても、やらなければならない状況の時に出てくる言葉だと言えますね。

突き詰めると
どれも、本当はやりたくない事を
無理矢理、仕方なしにやる時の言葉です。

本当はやりたくない事に直面した時の選択肢は3つあると思います。

1、やらない(逃げる、断る)

2、渋々あるいはテンションを上げてやる(頑張る、努力する、我慢する)

3、淡々と楽しくやる

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 ◆実は、幸せでないことをやっている
 
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「頑張る、努力する、我慢する」は
なぜか私たち日本人が好きな言葉ですよね
美徳の一つだと考えられているように思います。

本当にそうでしょうか?

私はこの3つは、人を不幸にする方法だとさえ
思っています。

「頑張る、努力する、我慢する」とき、あなたは幸せですか?
それをした後に幸せがやってきますか?

ひょっとすると
達成感や開放感はあるかもしれないですが
それもひとときの事で
あなたの心を、芯の底から満たすことはないでしょう。

その時の自分の感情を丁寧に観察すると分かると思います。

頑張った、達成感があったはずなのに
何がしか、寂しさや、むなしさのようなものが残るのではないでしょうか?

言い過ぎだと思われるかもしれませんが
自分で地獄を創り出して
そこで苦しんでいるのが好きな方もいらっしゃるので
それが継続可能な場合は、続けてくださったらいいのですが

幸せでありたい、お気楽人生を生きたいと思うとすれば
「頑張る、努力する、我慢する」ような事は止めた方がいいと思います。

上の3択の2をやらない、という事です。

とはいえ、私たちは
小さい時からこの「頑張る、努力する、我慢する」を良いこととされ
実際にやらされてきたし
それがいい事なのだと、すり込まれてきましたよね。

しかし、それは20世紀までの事です。

新しい時代にはもう必要ありません。

「頑張る、努力する、我慢する」のは、エゴ様が全部を仕切っている姿だと考えられます。
私たちは徐々に、エゴ様が自分ではないことに気づき、
エゴ様に振り回されない生き方が出来るようになってきたはずです。

有名な白隠さんのエピソードがあります。
私、このエピソードが大好きです。
ご存じの方も多いと思いますが、以下にご紹介します。

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 ◆受容の極地
 
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17世紀から18世紀にかけて臨済宗を復興させた、白隠さんという禅の老師のお話です。

ある時その町の娘さんが未婚のまま妊娠して出産しました。
父親は娘に、子どもの父親は誰なのか尋ねると、
本当の事が言えない娘さんは、父親は白隠さんだ、と言うのです。

そこで娘の父親は、生まれた赤ちゃんを白隠さんの所に連れて行き、
「この子はお前の子どもだから、お前が育てるといい」
と言って赤ちゃんを置いていってしまいます。

白隠さんは「おおそうか」と言って赤ちゃんを受け取ってしまい
もらい乳をしながら赤ちゃんを育てます。

弟子達は勿論大騒ぎです。
悟りを開いたはずの老師がそんな事をするなんて…!!
信じられません。

しかも、それについて一言の説明もない。
弟子たちがどんどん離れていきました。

そして勿論、このことは町中に噂が流れます。
格好のスキャンダルネタだったでしょうね。

それでも白隠さんは何も言わず、ただ赤ちゃんを可愛がって育て続けるのです

一年ほどたったある時、赤ちゃんの母親は
赤ちゃんを自分で育てられない辛さとウソをついている辛さから
自分の父親に本当の事を告げてしまいます。

それであわてた父親は
白隠さんの所に行き
事情を説明して赤ちゃんを取り戻してきます。

その時も白隠さんは
「おおそうか」と言っただけだったそうです。

受容

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 ◆あなただったら、どう思う?
 
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あなたが白隠さんの立場だったらどうでしょうか?
まず最初に
身に覚えのない事を言われて赤ちゃんを押しつけられたとしたら?

抵抗するでしょうね。

自分の身の潔白を証明しようとするでしょうし、
流れる噂を否定するのに必死になるでしょうし、
結婚しているとしたら、パートナーに何と説明するでしょうか?

未婚だったら両親に何と説明するでしょうか?
場合によっては友人達が去っていき、
会社での立場が悪くなり、
しかも、自分の子でもない赤ちゃんは
お腹を空かせて泣くし、夜中にも起こされるし…

どうして私はこんな目に遭うんだろう?
一体私がどんな悪い事をしたんだろう?
なんで身に覚えのない事で、人に陰口を言われたり、
仕事をクビになったりしないといけないんだろう?

これは濡れ衣だわ…

誰かが私を陥れようとしたのか?
こんな事があっていいはずがない。
私の将来はどうなるの?
私の夢はどうなるの?
誰も私を分かってくれない…

孤独だわ…
絶望だわ…

と思うのではないでしょうか?
この状態で赤ちゃんを育てようと思ったら、
尋常ではないほどの、ものすごい努力と忍耐と我慢が
必要だと思いませんか?

赤ちゃんが託された、という事実を受け入れられないので
様々なストーリーが頭の中で渦巻いています。
そして渦巻く声は全て、4つの元型の影です。
つまり、エゴ様の声だという事は分かりますか?

白隠さんは、頑張りも努力も我慢もしていませんでした。
ただ、今起きている事を受け入れて、
赤ちゃんを預かったという事実を受け入れて、
たった今必要な事をしているだけです。

もらい乳をし、おむつを代え、あやしたり寝かしたりして、
その調子で
赤ちゃんを育てたんです。

たった今起きている事を十分に受け入れて、
たった今の瞬間を生きる事ができたら、
実は「頑張る、努力する、我慢する」は必要なくなるはずなのです。

淡々と、しかも楽しく
やるべき事をやれるようになります。

上に書いた3択の、3番ができたわけですね。

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 ◆我慢は学ばなければいけないの?
 
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ところで、やりたくない事や
イヤなこと嫌いなことを
無理矢理という状態でやって「我慢」を学ぶ事は
本当に必要なんでしょうか?

「我慢」とは、その場の状況や目上の人の指示や、自分の中の「こうあるべき」に従う事です。
そのために納得のいかない
受け入れられない事をねじ伏せていきます。

本当はこうしたいと思う気持ちと
外からの圧力あるいは自分はこうあるべきだ
という考えとの間に葛藤を意識しながら
結果として
自分の気持ち要求を抑える状態です。

私は子ども時代「それは我が侭です、我慢しなさい」と言われて来ました。
子どもを育てる時にも言ったと思います。
皆さんも、言われたり、言った記憶はありませんか?

人が何か我慢をしている時に発しているエネルギーが
どんなものか、分かりますか?
硬くて重い、濁った感じのものですね。

仮に同じ状況で
起きている出来事を十分に受容するとすれば
ただ我慢するのではなく、その時のベストの選択が自然に出来ます。
自分は本当はこうしたい、という執着を
手放す事さえもが簡単になります。

例えば

子どもが高価なものを欲しがった時、
「うちは貧乏なんだから、そんな高いものを買うお金はありません。我が侭だ、我慢しなさい」
と言われたとしたら

「だって○○さんも持っているし、○○君も持っているもん」

「お母さんはお金がないとすぐに言うけれど、なんで海外旅行に行ったり
 5000円のご飯を食べに行ったりするの?」

などと反論されて、大げんかになるかもしれません。
よくありそうな事ですね。

つまり
「うちは貧乏なんだから、そんな高いものを買うお金はありません。我が侭だ、我慢しなさい」
という言葉には
どこかに嘘がある可能性が高く、そして、その嘘はばれているのです。

もしこの時親が、子どもの「欲しい気持ち」を十分に聴いて受け取ったとしたら
それだけで子どもの気持ちの幾分かは
満たされるでしょう。

その上で親が、どうしても買ってあげたくない状況や
本当の気持ちや
本当の事情を具体的に正直に伝えたとしたら
そこにウソがなければ、ケンカにはならないはずです。

子どもは多分、その事実を
受容してくれるでしょう。

そこで、欲しい気持ちを手放すのか
それを手に入れるための工夫を何かするのかについて
親子で話し合う事が出来ます。

こういう流れでコミュニケーションが
できるとすれば
誰も我慢する必要も、我慢させる必要もなくなるでしょう。
子どもも大人も対等に正直に
一番よい、納得がいく方法を探す事が出来ます。

この方向へ向かうものは、軽い柔らかい前向きのエネルギーですよね。
この方がいいと思いませんか?

これは、3択の3番目です。
21世紀の生き方です。

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 ◆心を穏やかに過ごすには
 
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上に書いた3択の中で
一番心身に害がありそうなのは、2番目だと私は思っています。

どこかで自分にウソをついたり
本当の気持ちを抑えつけたり
といった無理が必要にならざるを得ないからです。

これが人を、どんどん不幸にします。

幸せな状態でいたければ
どうしても、1番か3番を選ぶしかないと思います。

1番の、逃げる時には逃げるのがいいという話は、
過去に何度かさせていただきましたが

逃げる時に後ろめたさや罪悪感がある場合は
それと向き合って、受容する必要があります。

つまりいい状態の1番は
3番でもあるんです。
後ろめたさや罪悪感を抱えたままだと
自分でも知らないうちに、いつの間にか、それは2番と同じになります。

☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆
 
 ◆エゴを手放す
 
☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆

たった今の瞬間を受容できるようになれば
実はエゴは、そこで存在出来なくなるんです。

思考にまみれず、感情に乗っ取られず、
たった今の瞬間に居ることが出来るとすれば
努力も我慢も忍耐も必要のない、静かで平和で楽しいスペースが広がります。

トラブルのないユートピアが広がる、という意味ではないです。
トラブルそれ自体はなくならないとしても
何が起きても困る事のない次元に生きられるようになります。

そのあたりの事は

『ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-』

を読んでください。

常にこの状態で居られるようになる事が出来たら…
本当にいいなあ、と思います