「頑張る、努力する、我慢する」について、いただいたメッセージ

みなさん、こんにちは
昨日の文章について
読まれた方から、感想・体験談をいただきました。

せっかくなので、こちらにも
掲載をさせていただくことにいたしました。

体験から

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昨日、「がんばる」「努力する」「我慢する」の
意味をそれぞれ説明されていること
興味深く、読みました。

それを見て、まず私は
今までこの3つの言葉の「意味」を
「考えたことがない」という事実に気づきました。

今まで漠然と意味を捉えて、なんとなーく使っていました。

なので、改めて説明されると
これは…
「めちゃめちゃカラダとココロに毒じゃないか!!」と
ハッと、してしまいました。

頑張るのは
「いつもの自分のペースではやりきれない状況」

→ということは、自分のペースを超えていることなんですね。

私の状況からすれば
がんばるのは当たり前の感覚で
常に無理していたのだと思います。

いつもその調子なので
そりゃ、ヘトヘトになりますよね。

努力するのは
「いつもの自分のペースでは目標に達成できない状況の時に~」

これまで私は
目標に到達するには多少の負荷がかかることをしない!!と
逆に思っていた部分があります。
自然に思っていた、と言えるかもしれません(意味もわからず)

つまり、マイペースでやっても到達できる、ということですよね?!!

「我慢」に至っては
「いつもの自分なら、やらない事をやらなければならない状況の時に出てくる言葉」
だと言われ、おーー、と納得してしまいました。

意識することなく、我慢することを当たり前のようにすんなり受け入れ
悔しかったり、悲しかったり、落胆したりという状況のなかに
自分から直行つつ
「我慢」の中に身を置いていたのだと思います。

「頑張る、努力する、我慢する」は
「本当はやりたくない事イヤな事嫌いな事を無理矢理やる時の言葉」

という定義が
いままでの自分の中に、ありませんでした。
(漠然といやだなーという感覚はありますが)

この定義が頭に入った時
もう、これまで、とんでもない程の長い時間
自分の本当の思いを振り切って無視していたんだな、と気づき
恐ろしくなりました。

「がんばらなくていいよ」という
フレーズは、
よく言われているのでわかっている「つもり」になっていましたが

根本的に言葉の意味をわかっていなかったようです。

ともかく第一に「頑張る、努力する、我慢するは美徳」と刷り込まれて、
そこにはまるように努力することを
ずっと手放せずにいるような気がします。

傍から見ていて努力してるなと思うことでも
本人は楽しくやっているので苦痛とは感じていない。。。

という現象が
なぜ起こるのか不思議に思っていましたが

本人のなかでは「楽しいからやる」
というベースがあり
さらに「自分のペース」ということであり
苦痛がないんですかね?!

「好きなことをやる」に「マイペース」をプラスに考えることに
気づいていませんでした。

好きなことだからこそ!と、がむしゃらにやりがちなので
私の場合「好きなこと」であっても
自分の気持ちいいペースを、意識して考える必要があるんだな、と思いました。

「頑張る、努力する、我慢する」は正しいことだと教えられ
絶対にそうなるように!!と
真面目に頑張って来てしまっているんだと
初めて知ったような感覚があります。汗

最近、思うことは、私だけでなく周りの多くの人は
根本的に嫌なことを
我慢して生きているんだということです。

イヤでも、この仕事があるから好きなことが出来る→感謝しなきゃ
と、無理矢理に折り合いつけてる。

そんな図式が自分も含め、とても多くて
でも無理やり納得させているだけなので
気持ちいい空気どころか、モヤモヤ感が消えないんですよね。

知人のセラピストさんが
今までは「生活を安定させてから→好きなこと」という
順番だと私達は思っていたけど
今の時代はもう順番が違うのかもしれない。
と言っていました。

まず最初に「好きなこと」で
そうすると生活を安定させるための無理してやる何かを
もうやる必要がないという状況になってたりするのかも。。。

というようなことを言っていて
とても納得したんです。

で、その好きなことの具体的な形が
「何」であるか…よりも

それをやることで自分は「何」をするのか
ということの重要さを感じられるようになりました。

それを思うと、「何か」を外に探してもないわけで
むしろ、自分の中にしか見つからないっていう
感覚も、少しだけ理解できたような気がするのです。

「いくつだって人は好きな事をやっていい」こと
さらに、「好きな事で生きていけてるよ」ということを
子供たちにも見せていきたいと思っています

体験から