強い、ということ

「スターウォーズ」を見たことを
書きましたが
実は、その前は「キング・アーサー」と
「10日間で男を上手にフル方法」を見ていました。

映画や物語の大部分は
「戦い」か「恋愛」をテーマですね

と言うか、戦いと恋愛はワンセットになっていて、
戦いの中に恋愛が描かれていたり
恋愛の中に戦いが描かれていたりします。

ここには共通するエネルギーがあるようです

もしかしたら、一つのエネルギー体のなかで
戦いの部分に焦点を合わせるのか
恋愛の部分に焦点を合わせるのか
の違いしかないような気もします。

際限のない殺し合いの場面に辟易しつつ
何千年もこれを繰り返している私たちは、バカだ、と思いました。

暴力で何かを自分の思い通りにするのは
もう止めなければなりません。

今回のブログは
最初は攻撃性についてあれこれ書いていたのですが、
似たような事は以前にも書いたのでやめにしました。
で、ごちゃごちゃ考えているうちに
「強さ」や「自尊心」に発展してきたので
今日はそのあたりを書いてみたいと思います

私たちはいまだに、自分の中にある「攻撃性」と
上手に付き合う方法を会得していないと思います。
でも、そのことが「強さ」や「自尊心」を考える事がそのヒントになるかもしれません。

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 ◆力への憧れ
 
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戦い系のDVDを見つづけて
な、なにこれは!!
と辟易しつつ
見ている私の中には
勿論、戦いへの欲求があるのを感じました。
攻撃性は、必ず誰の中にもあります。

映画の中で具体的にやっているのは
「殺し合い」でしかありません
本当にバカげているのですが
とはいえ、その中に
ある種の美しさを感じる事があります。

それがあるから、こういう映画や物語がヒットし続けるのでしょう。

そしてもう一つ、「強さへのあこがれ」があります。

エゴ様は自分が世界で一番強くて
正しい存在でありたいので
とかく強さを求めます。
パターンは二つです。

・自分の弱さに劣等感を持つか、
・自分の強さに優越感を持つか。

しかありません。

弱さに劣等感を持つと
そこから強くなるために努力する人と、
自分はダメだという劣等感の中に沈むか、になってしまいます

強さに優越感を持つと
強さを証明するために弱いものをやっつけるか
より強くなるために努力を続けるか。
になってしまいます。

併せて考えると
4つのタイプがあるわけですが
ここでミニエクササイズです。

【エクササイズ】

 この4つのなかで
 あなたはこの中に自分がいるとしたらどのタイプですか?
 それに満足していますか?

 こうありたい、こうなりたい、
 と思うのはどれですか?

強さ

私は本当を言えば
どれにもあまり魅力を感じません。

弱さを自覚して強くなろうとする姿勢と、
強いけれどより強くなろうと努力するのは、
ちょっといいかもしれない、悪くないという気がしますが、

「何についての強さか」の「質」がハッキリしていないと、
私たちの攻撃性はすぐに「暴力・暴言」に行きがちです。

肉体的な力に自信がなければ
言葉や何かの裏技を使って相手を仲間はずれにして優越感に浸る
ということもあります。

攻撃性や強さを
良き資質として生かしてゆくには
もう一つ何かが必要です。

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 ◆強さは=善、ではない
 
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強さの色々にはどんなものがあるのか、考えてみました。
チャクラのセミナーをしているので、
攻撃性に関係するかもしれないチャクラということで
考えてみると

第一チャクラの強さは、団結力、忠誠心、生存
第二チャクラの強さは、支配力、お金、性的魅力、権力、
第三チャクラの強さは、自尊心、信念、倫理観、肉体的な力、勇気

などです。

第三チャクラの力である「自尊心」を英語で言うと「プライド」です。
良く「プライドが高い」という言い方がありますが

私たちが「あの人はプライドが高い」と評する時って、

・高級品で身を固めている
・絶対に非を認めない
・負けず嫌い
・自分に自信があるそぶり
・丁寧な扱いを要求する(家柄がよい、地位が高い、お金持ち)

などなど、自分をより良くより高く見せようとする時、
「プライドが高い」と言います。
この「プライドが高い」は「エゴ様が強い」です。

こんな事を書いてくると、ちょっとやりにくいかもしれませんが、
また、エクササイズをしましょう。
今の自分を知るという事は、どんな時でも強みですから。

【ミニエクササイズ】

・もし自分が何かにプライドを持っているとしたら、それは何に対してでしょうか?

何にプライドを持っていてもOKです。
ただ、それはあなたの本質とは何の関わりもないですが、
物質世界を楽しむためのスパイスだと思ってください。

仮にあなたが劣等感の中に沈んでいる
という選択をしているとしても、
多分心の中を探すと、同じものがあるでしょう。

第一~第三チャクラしか使わない生き方をしていると、
私たちの自尊心は、一定の方向にしか向かいません
自分の容姿や持ち物、何かに卓越している能力
家柄や地位などの物質的なものに限定されてしまいます。
20世紀までは、そういう時代でした。

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 ◆自尊心を考える
 
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21世紀は、天からのエネルギーを受け取って生きる時代です。

物質界を越えて存在する、精妙で深淵なエネルギー、
神、グレイトスピリット、源、などと呼ばれるものが出てきますが
そこからのエネルギーを第七チャクラで受け取って、
そのエネルギーを生きようとするとき

私たちの自尊心や信念は非常に大きな質的変化を起こします。

それがよい形で起きると、
エゴ様を越えた、つまり、個人を越えた
大きな価値観を体現しようとします。
私利私欲を越えて、他者のために奉仕できるようになります。

そして、

・物質界を越えた何を信じるのか、
・何に本当に価値があると思うのか、
・人生や命をかけるのに値するものは何か、
・自分も周りの人たちも幸せになる選択とは何か、
・自分の存在が愛だとしたら、どう行動するか、
・天は私に何を命じているのか、

など、第七チャクラからの
エネルギーの問いかけを聞きます。

「キング・アーサー」をご存知ですか
これはアーサーが、無敵の円卓の騎士たちのリーダーからキングへと成長してゆく物語です。

アーサーは「崇高な目的なくては、我々の戦いは無意味に等しい」と言い
その崇高な目的とは
「人は生まれながらにして自由だ」でした。
(確かに、崇高な目的がなければしているのは単なる殺人ですから)

アーサーの戦いは、一貫して「自由を得るため」でした。

アーサーの揺らぎのない強さは
天のエネルギーと直結している人の「自尊心の強さ、信念の強さ」ということです。
アーサーの強さは美しいんです。
この、崇高な目的のために命をかけて生きる姿勢に
最強の男たち(円卓の騎士たち)は惚れてついて行ったのでしょう。

「キング・アーサー」は作られた物語ですが
どんな状況であっても自分を信じて
より高い理想を生きることが出来るのだ、と今日でも教えてくれるものです。

第七チャクラで受け取った天のエネルギーを無視してしまえば
私たちの自尊心はすぐに
エゴ様に直結してしまいます。
上にあげたように「プライドが高い」=「エゴ様が強い」生き方になりがちです。

私たちは既に天からのエネルギーを沢山受け取っているのですから、
エゴ様のエネルギーで生きるのか
天のエネルギーで生きるのか
このどちらか、どちらも可能だということです。

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 ◆能力のことではない
 
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念のために何度も言いますが、
天のエネルギーで生きる事と、
スピリチュアル系の
何らかの能力がある事は、全く別です。

何かが見える、聞こえる、何者かと会話が出来る
という能力は、
第六チャクラの力ですが
「生き方」とは関係がありません。

能力を追求するのではなく
生き方を追求する時
はじめて天からの強力なサポートがあります。
キング・アーサーもそういうだったように
貴方にもきっと強力なサポートが来るでしょう。

ああー、わかるー!

「プライドの高さ」を
「天のエネルギーと直結している自尊心」に育てるために「108回音読する元型」は
役に立てるはずです。

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