自分らしさは、どこから来るか

自分らしさとは何か

「自分らしくありたいよね」
と誰かが言えば、
「うんうん、そうだよね」
と、誰だって言いたくなります。

では、具体的に
「自分らしい」というのはどういう事なんでしょうか?

普通言われているのは多分、

・自分が無理をしていない状態。
・それをするのがとても自然だと思える感覚があること。

を指すかな、と思います。

普段私たちは
こういう意味で「自分らしくない事」を随分やってしまいます。

・これは本当にいいのだろうか…という仕事を上司の命令でする
・あまり好きではない隣人に、にこやかに挨拶する
・それは違うな~と思うけれど、
 言うと角が立つし相手を傷つけるのが嫌なので言わずに笑っている
・欲しくないけれど「あげるから!!」と言われると断れない
・嫌われたくないので、いつも低姿勢

無数に出てきますね。
で、こういう事が
あまりにも日常的で当たり前になると、

そうしている姿が
もはや「あなたらしい」のかもしれません。

なんて…ちょっと意地悪でしょうか。

自分らしさとは何か

「自分らしくありたいよね」
と誰かが言えば、
「うんうん、そうだよね」
と言いたくなります。

では、具体的に「自分らしい」というのはどういう事なんでしょうか?

普通言われているのは多分、

 自分が無理をしていない状態。
 それをするのがとても自然だと思える感覚があること。

に近い感じではないかな、と思います。

普段私たちは、こういう意味で「自分らしくない事」を随分やってしまいます。

 これは本当にいいのだろうか…という仕事を上司の命令でする
 あまり好きではない隣人に、にこやかに挨拶する
 それは違うな~と思うけれど、
 言うと角が立つし相手を傷つけるのが嫌なので言わずに笑っている
 欲しくないけれど「あげるから!!」と言われると断れない
 嫌われたくないので、いつも低姿勢

で、こういう事があまりにも日常的で当たり前になると、
そうしている姿が「あなたらしい」のかもしれません。

なんて…ちょっと意地悪でしょうか。

☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆
 
 ◆それは結局?
 
☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆

今までは、上記のようなことを止めて、
ノーと言える人になりましょう、
相手を傷つけないノーの言い方がありますよ、
というメッセージを私は出してきました。

確かに、それはそうです。

嫌な事にノーと言えるようになり、
嫌だけど、今はイエスと言う事も楽に出来るようになり、
そういった事を、相手も自分も傷つけずに出来るようになると、
それだけで人生は随分楽になりますよね。

そういう状態はぜひ、手に入れていただきたいです。

でも、それだけでは終わりません。
今日はその続きのお話をします。

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 ◆パターンを知る
 
☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆

私たちにとって
「心地のいい状態」
「自分にウソをついていない状態」
「あまりにも自然に行動している時」は、
「自分らしくいられる」
状態だと思っているかもしれないけれど…

もしかしたら
それは別に「自分らしい」のではないかもしれない、
という事をお伝えします。

私たちは、やりなれたパターン化した行動は心地いいんです。
それが一見不快な事と感じられたとしても、
「いつものパターン」というのはどこか心地いいはずです。

そしてあなたが「自分らしさ」
だと感じている事は、
単に「いつものパターン」かもしれません。

例えば
誰かが何かに文句を言い出した時、
反射的に、自分が悪いと感じて謝る人がいます。
反射的に、自分は悪くないと感じて逆ギレする人がいます。

反射的にする行動はほぼすべて
身に付いた「行動パターン」だと思って間違いないです。

電車でお年寄りが立っていると
反射的に席を譲る人がいます。
前を歩いている人が何かを落としたら
反射的に拾って渡してあげる人がいます。

これらもすべて一種の「行動パターン」です。
ネガティブな状況で起きるものも、
ポジティブな状況で起きるものも、
どちらも「行動パターン」です。

その事によって心地よくなっても
心地悪くなっても、
どちらも「行動パターン」にそって行動している、という事は同じです。

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 ◆あなたにも、私にもパターンがある
 
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こういう、考えなくても出来てしまう習慣化しているもの、
特に子供時代からのすり込みによるものは
「行動パターン」です。

それは「あなた」という
人間の人格・性格・夢・目標・使命、などとは全く関係なく存在する、
単なる「パターン」です。

例えば、

・チーズケーキを売っているととにかく買ってしまう
・夫の顔を見ると気分が悪くなる
・お布団を敷く時に、シーツの端をキレイに折り返す
・給料をもらったらまず貯金する
・赤い羽根の募金はとにかくして羽根をつける
・お風呂ではまず顔から洗う

いくらでもあると思います。
あなたはどんな
「クセ」「行動パターン」がありますか?
書き出してみてくださいね。
あなたが気付いていて書き出した数だけでなく
実はその
×20か×30

くらいは最低あると思います。

勿論、こうした方が効率がいいから
と意図的にクセを作ったものもありますよね。

それも「行動パターン」です。
意図的にクセを作ったのは「あなた」だけれど、
クセはあなたではないですよね。

「いつもの」「お馴染みの物」は
私たちにとって心地よいんです。

それが嫌なマイナス感情を伴うものであったとしても、です。
なぜなら、人はなかなかそれを止めようとしないですよね。
本当に心底その「行動パターン」が嫌だったら
なんとか止めようとするものです。

それはセッションに訪れる方達にも共通します。
「このいつもの行動パターンが嫌だから止めたい」
という目的・動機で来られても、
いざそのパターンを変更しましょう、という時になると、
大抵の方は抵抗します。

パターンを変える
という事が非常なストレスだからなのですが、
それは裏返すと「未知の幸せよりは、なれた不幸が安心だ」という心理が
背景にあるのでしょう

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 ◆パターン=あなたではない
 
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でも…
「行動パターン」も
「思考パターン」も
「感情パターン」も、

あなた自身ではないです。
それはパターン=型であって、
あなた自身の現れとは違います。
そこに「あなた」は居ません。

だから
コレも別に「あなたらしさ」ではないのです。

パターンになっているものを行動する時、
人は自然だと感じる傾向があります。
それはあまりにも慣れてしまっているからです。

でも、いくら自然だと感じられても
心地よく感じられても、
それは「あなたらしさの現れ」ではないです。

つまり「自然なここちよさを感じる」事は、
もしかしたら「あなたらしさが現れている瞬間」かもしれないけれど、
そうではなく「単に慣れ親しんだパターンをしている」だけかもしれません。
そういう可能性があります。

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 ◆外していく?
 
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何かお稽古事をした事はありますか?
日本のお稽古事は
「型」から始まるものがけっこうありますよね。

実は私はそういうものを何一つ経験していないので、
ここはちょっと知ったかぶりですが、

「型」から学ぶというのは、
自分のもっている「クセ」「パターン」をはぎ取って、
表面的な「その人らしさのパターン」を除去して、
より深い何かに戻っていく行為ではないか、と思います。

茶道、華道、剣道、柔道、合気道…

「道」がつくようなものは、そういう世界のものだと思います。

「クセ」「その人独自のパターン」をはぎ取ってはぎ取って、
「道」の神髄に近づき、自分自身の神髄に近づこうとする。

はぎ取ってはぎ取ってはぎ取って
はぎ取りつくしても出てくるものが
その人の「らしさ」です。

そこにその人の個性的で独自でユニークな
創造的な「あなたらしさ」が存在するとします。

はぎ取らずして
そこにあるものは
表層的な単なる「クセ」「パターン」にすぎません。

そしてここで書いている
「クセ」「その人独自のパターン」と
「行動パターン」「思考パターン」「感情パターン」は同じものです。

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 ◆パターンの積み上がり
 
☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆

持っている「クセ」「パターン」には
それが出来上がってきた物語が付着しています。
多くの場合、自分自身はそれに気付いていません。

例えば、私は料理が好きです。

へたれてしまって
今日は料理なんて作れない…
と思っても、キッチンに行くと食材が沢山あるので、
見ているうちに、あれことれで○○が作れるな…
といつのまにか作り始めています。

これも行動パターンです。

このパターンは
母が料理が好きではなかったから出来たものだと思います。
子供時代の私は専業主婦で
のろのろしている母が嫌いでした。

そして専業主婦のくせに料理が下手な母を
どこかで軽蔑していたのだと思います。

私が料理をするのは、こんなに働いてさらに料理も作れるのよ、と、
母を見返す気持ちがどこかにあったのだと思います。

今は母への理解と気持ちが変化したし、
自分の行動の意味も理解できたので、
料理を作らないと気が済まない、しかも大量に作ってしまう、
という行動パターンはなくなりました。
それでも料理は大好きですが。

これが、私の行動パターンとそれに付随する物語でした。

あなたは自分が作り出した世界に行く   不動明王さま

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 ◆難しいのは、かと言って…
 
☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆

注意していただきたいのは、
これまで言ってきた「クセ」「パターン」が悪いわけではない、という事です。

なぜなら、それは必要があって生まれてきたものですし
それがなくなると、
常に常に日常生活の全てのシーンで
あれこれ深く考えなければならなくなります。
そんな事になると
横断歩道を渡る事も出来なくなってしまうでしょう。

なので「クセ」「パターン」は必要です。

が、それに振り回されていたり、
それが「クセ」「パターン」だと気付かずに
「自分らしい行動」と思ってしまうと、
ちょっと違うな、という事です。

私たちの日常生活のほとんど全ては
「クセ」や「パターン」に支配されています。

それは親にそう教育されて育てられたから、
社会のルールだから、
いつもそう体験してきたから…

起きている間の98%くらいは
私たちは「クセ」「パターン」で行動しています。

98%です。

自由でオリジナルな自分自身は
おそらく2%あればいい方なのではないでしょうか。

☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆
 
 ◆「あなた」はいる
 
☆。.:*.。…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─….*:゜。☆

自分のパターンを見つけたら
それが有益なものかどうかチェックしてください。

これはあってよし、だったらOKですね。

今の現状とか、なりたい自分とか
自分の内側にあるかもしれない違和感などを探ってみて
もし「これはいらない、変更したい」
と思えば、それを変える事が可能です。

だってパターンなのですから。

そこで立ち止まり
「これはいらない、変更したい」と
感じる考える「あなた」は

ここで私がお伝えしたいと考えている
あなたの内側にある源泉のようなものに繋がる、
「あなた」から出ているものだと思います。

内なる戦いをやめて「ノー」と言う by女神アテナ