何をどう決めるか

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

この頃は書きたいと思うテーマがあれこれ思いつくので、今週も書きます!

父と子

先日見ていた海外ドラマで、お父さんと子どもの会話がありました。

内容は忘れちゃったのですが、子どもたちはお父さんの約束を信じようとしなくて。

嘘だ、という子どもたちに向かってお父さんは

「〇〇家の人間は?」と聞き、子どもたちは「決して嘘をつかない」と答えるんです。

約束が守られるかどうかは分からないけれど、「〇〇家の人間は嘘をつかない」という価値観と行動規範がしっかりとしていて、それが受け継がれていることが分かりますね。

そんなシーンに、私はこんなことを思ったのです。

少し前の出来事です。

子どもに「セブンスタワー」というお話を読み聞かせていたときのことです。

魔法使いのタルという国の少年、そして戦士シールドメイデンになると決めている、暗い氷原に暮らす少女ミラの冒険物語です。

タルは国で魔法を学びながら暮らしていました。

辛い環境に生まれ育ったミラは戦士になるために訓練を受けていました。

ミラは何かが起こる旅「シールドメイデンならどうするか」と自問自答し、そこから判断を導き出します。何かが起きる度、ミラは「シールドメイデンはあらゆる可能性を考慮して結論を出す」ということをつぶやきます。シールドメイデンの使命は部族を命がけで守る事ですから、そのための訓練、そして考え方が決まっているのです。

これを読んで、ミラがいかに戦士の規律を重んじ、それに従うことを喜び、命がけで戦う姿を見てすごいと思いました。

実はフェアリーブルーを作った時にも、最初にかなり厳しいルールを作ったんです。

商品を仕入れる時には「超一流の物」そして「作者が好きになれるもの、それが出来なければ品物が良くても利益があっても絶対取り扱わない」というようなことです。

良い仕事をしたかったらルールが必要なんです。

仕事に関することなので、かなり考えました。

そのため、人に紹介されたものでも、取り扱うか取り扱わないかを決めるのはすごく簡単なんです。

これは人生も同じ。

例えば、

自分はどんな友達が欲しいのか。

善悪損得、どちらが優先か。

親の気持ちと自分の気持ち、どちらを優先するか。

いろんな判断、決断で人生が作られるのです。

あなたは、自分のルールを意識して作ろうと思ったことがありますか。

おそらくないでしょう。

でも、迷いに迷って結論が出ないことはありますよね。

例を挙げますね。

子どもが食べているご飯が落ちました。

その時に、拾って食べなさいと言うのか

それとも、捨てるよう言うのか。

捨てる、食べるの境界線をどこにするのか。

それは家庭それぞれです。

落ちた場所がテーブルか床か、とか

3秒ルールとかです。

そんな些細なことも、考え出すと終わりが見えませんね。

テーブルの上でも、行儀は悪いかもしれない。

ばい菌もあるし、衛生面を考えるとどうかな。

でも、あまりやりすぎると潔癖症になっちゃうかもしれないし

床ではなく畳に座っていてこぼしたらそれはOKか、とか。

乾物ならいいけど、湿気の多いものはダメとか。

境界線をどうしたらいいのかが分からなくなりますね。

きれいさ、お行儀、もったいなさ・・・どこに重きを置くかです。

分かりやすい例を挙げてみましょう。

例えば、

会社での仕事が自分に向いていなくてやめたいけど

やめていいのかどうか。

次の仕事見つからないかも、とか

やめられないんじゃないか、とか

止めるイコール逃げかな、とか

ボーナスもらってからにしようかな、とか

でもそれって欲張りかな、とか

人が何て言うかな・・・とか

他の人に自分の仕事ができるのかな、とか

わがままなだけなのかな、とか

もっとガマンして何かを学ぶべきなのかも、とか

魂が求めているのかも、とか

ブループリントはどうなのかな、とか。

そんな風に、いつまでたっても決められないということ、ありますよね。

これって、こぼしたご飯の行方を考えるのと同じ。

悩めば悩むほど答えが出ないんです。

私たちの親世代の年代になると

自分の中に決まりがある人が多いんです。

ご近所づきあいとは、とか

子どもがケンカしたら両成敗、とか

長男は一番偉いとか

女は男にごちゃごちゃ言うな、とか。

良し悪しはこの際関係なく、そういう自分なりの決まりがあったんですね。

私たちはそれが壊れてきた世の中で育ってきました。

好むと好まざると、そういう時代を生きているのです。

冷静に見ると、すごい時代だと私は思うのです。

でも、価値観、決まりが全然ない訳ではないんですよね。

従うべきものがなくても、育ってくる間にいろんな価値観が入り込んでいるんです。

例えば、

学歴、資格がすごいんだ。

貧乏な家はさ・・・

女らしさが大事

これは許さない!

……

もう少し分かりやすくしましょう。

貧乏だからガマンして、と言われて育て来た人がいます。

本当はどうなのかなんて分かりません。

貧乏と言いつつ旅行に行く人もいるんですから。
現状は違うかもしれないけれど、とにかくお金は使えない、

そういう価値観の中で育ったとします。

そうすると、貯金があっても「お金は使えない」という価値観が植え付けられているので

楽しくお金を使うことができません。

罪悪感が付きまとうのです。

億単位でお金を貯めているのに

削りに削る生活を一生やるのかもしれません。

自分の価値観ではなく、親の価値観を抱いたまま

一生を終わった、ということになります。

もしかしたら途中で、こんなに節約しなくても

生きていけると気付くかもしれません。

でも、お金を使ってもいい、そして楽しんでもいいと思えたのなら

その人の価値観はそこで書き換わる訳ですね。

それは自分だけの本物の価値観です。

自分を信じ、自分が望むものを自分自身に問い

自分が自由であることに気づけたからこそできること。

葛藤や迷いを乗り越えて、自分の価値観を手に入れたのです。

あなたにも独自の価値観があり、それに従っていろんなことを決めてきたでしょう。

あなたにはどんな価値観がありますか。

それは、人のすり込みではないですか。

自分自身が考えたものですか。

では、最初の話に戻ります。

「○○家の者は決して嘘はつかない」というふうに育てられても

いつか嘘をつかなければならなくなったり

自分のために嘘をつかねばならない時がくるでしょう。

その時に、親のすり込みの価値観を見直すのです。

そのまま引き継ぐこともできるし、

自分にぴったりの状態に上書きすることもできます。

きっとそういう経験をすることでしょう。

ミラは、シールドメイデンの価値観を自分のそれとし、したがっていきます。それによって心も成長していきます。

これは子どものころのすり込みではなく、自分で選んだものですから、オリジナルと言ってもよいでしょう。

ミラは、常にこれ、と決めた価値観があり、それに心酔し、従って生きている。

私はそれがすごく羨ましかったです。

武士道のそれと近いですよね。

自分の中心軸がきちんとあれば、いつでもそこに戻ることができる。

そういうものが欲しいと心から思いました。

ここで断言してしまうと

自分なりの価値観というものを持つ人は意外にいないです。

自分のものだと思っていたのに、親と同じと批判され、そこで気づくこともあります。

それは結局親の価値観のコピーだったということになります。

貧乏だから、の話のように、悩みに悩み、自分なりの価値観を見つけるという過程を経て、そこでやっと自分のそれを持つことができるのです。

もし自分の価値観を100個書き出してみたとしても、そのほとんどがオリジナル以外だと思ってくださいね。

親と同じイコール借り物、ということではありません。

同じ想いを持つ人だっているでしょう。

でも、人生の大半、借り物の価値観を使って決めているんですね。

親が勧めるからということもありますよね。

それは自分の人生ではなく、コピーです。

でも、私もそうなんです。

親のコピー

・・・「マトリックス」みたいですね(笑)

人はほとんど皆が眠っているんですね。

価値観がオリジナルでないことに気づき、悩み、新たな価値観を求めて決断できるか。

大量のエネルギーを必要としますが、それはすでに持っています。

眠ったままもよし、覚醒するもよしです。