心配と愛は別物

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

これは自分の経験なのですが、昔、まだ幼かったわが子が
「お母さんは全然心配をしてくれない」と突っかかって来たことがあります。
「??」となり、よくよく聞いてみると、よそのお母さんはもっとあれこれと心配をし、
ああしなさいとかこうしなさいとか気を回すようなのです。
私はそんな考え自体がなかったもので、なるほど、と思いました。
子どもも自ら考えて動き、失敗したらそこから学べばいいと思っていまして、
そこにはあまり干渉せずに育てていたからです。
それが正解なのかどうかはまた別として
今日は心配することが愛情だと勘違いをしていないか、
そして、気にかけることと気がかりなことを別物だということを
考えていきたいと思います。

気がかり

まず心配と愛情はイコールではない、ということから。
どうしてかというと、心配は恐怖心、不安から生まれているからです。
愛は恐怖心や不安から生まれるものではないし、
愛からそれらが生まれることもないからです。

こうなったらどうしよう、ああなったら困るし、
でもどうこうなってしまうかもしれない
最悪の場合はこう・・・。
そういうのが心配をしている状態です。
これは、未来がネガティブな方向に向くのではないかと
不安や恐怖をっ持っている状態となります。
自分のことを心配することもありますが、
今回は親子関係で。
心配をしている時は、恐怖と不安が満載。
子どもの未来を憂っているのです。
母と子は特に、別々の人格を持っている個人である、と自覚するのが困難な関係にあります。
親にとっては1年近くお腹に抱えていた子ですから、
自分の分身のように感じてしまうのです。
だからこそ、未来が心配で仕方ない。
ああならないように、こうならないようにとあれこれ気を回します。
子どもがまっすぐ良い子に育ってくれればと願うのは、言うまでもなく当然のことですが。(そう思えない時もありますけどね)

だからこそ、心配は愛だと考えてしまうのですが、違います。
情から生まれることはあっても、愛からは心配は生まれません。

さらに私が見たところ、このようになっています。
人はあふれるような愛をもともと抱えているのだけれど、学びのために封印されている部分があるのです。
その度合いはさまざま。
密封されてしまっているような人もいれば、周囲に癒しを与えるほど内からあふれているひともいます。
封印の度合いは、内にある恐怖や不安と関係があるようです。
これは、愛から遠ざかっていた間に私たちが抱えたものですから
人ならば、誰もが持っています。

もととも私たちが不安や恐怖を持っていて、
ちょっとしたきっかけでそれが元気になってしまう。
子どものテストの成績が振るわないであるとか、
何でもささっとできないから、いじめにあうかも、と思ったりとか、
のんびり屋で人についていけないかも、とか
そんな風に考えることがあると、隠れていた恐怖や不安が飛び出してくるのです。

きっかけはあらゆるところに転がっています。
白髪を見つけてしまった、
夫の会社の業績が振るわずリストラが心配、
親の介護がそろそろか、と考えた。
そういうちょっとした日常のことが恐怖や不安を元気にさせ
そのネガティブな思考、そして感情の負のループにはまる、
というようなことになるのです。

一度入り込むとなかなか抜けられません。

これがいわゆる「気がかり」という状態なのです。
これは、エネルギーがどんどん吸い取られている状態。
しかもその負のエネルギーは対象が人だけではなく、自分もなってしまいます。
ですから、不安定になるのです。

それなら、愛があまり封印されていな人だとどうなるでしょうか。
これは、何もかもが愛から発信しますから、
このような負のループに入り込むことは少なくなりますね。
何か不安の材料を見つけても、せいぜい「気にかける」という状態で止まります。
それは、自分の中心にしっかりエネルギーがある状態で、かつ相手にエネルギーを注ぐことができているのです。
ありのままを受け入れる心の余裕があり、フラフラしません。

気にかける

気に書ける、すなわち見守る。
相手を信じ、自分の愛を注ぎ込みながら見守る姿勢です。
干渉ではなく、お説教もしない、でも相手が必要なものは与え
常にそっと見守る。
もし対象がネガティブな方向に進みそうであれば、身体をはって止める気概があります。

愛は、信頼。
愛は、許し。
愛は、見守り。
愛は、尊重。
そして愛は時に命をかけてでも対象を守ろうとします。

今あなたがどの状態であってもいいのです。
恐怖からしか動くことができなくとも。
自分が今どこにいるのかという立ち位置が分かれば、そこから抜け出す方法も分かるのです。
そこがスタートです。
今の自分が「気がかり」なのか「気にかける」なのかを知ってください。