続・世間体

続・世間体

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

GWも終わってしまいましたね。
あなたも楽しい時間を過ごされたでしょうか?

さて、先週「世間体」について書きました。

世間体ばかり気にする親や祖父母は、
あなたに愛情がなかったのではなくて、
世間体を気にすることで生き延びてきた、
サバイバルしてきた歴史があったのです。

家族を守るために「世間体」を大切にする必要があったのです。

でも私たちは時代が違うので、
私たちは「世間体」を優先されると、
私よりも世間体が大事なのね、、と傷つく。

というお話をしました。
あのお話には、たくさんの反応をいただきました。
ありがとうございました。

あれを書いた数日後に、続編が降りてきました。
それは、、、

あなたは「人に嫌われたくない」
「人の目が気になる」という事はないですか?

人に嫌われたくないために、好かれたために、
「自分がどうしたいのか」を横に置いて、
相手が喜ぶ言葉や行動を選んだ事はありませんか?

ここでこれを言うとまずいよな、、と空気を読んで、
言いたい事を言わなかったり、
自分の好みではない選択をしたり、
相手の出方を見てからそれに合わせたり。

それはよく考えたら「世間体」を気にしているのと同じではないでしょうか。

世間、と言うときの範囲は、世間一般ですから、ちょっと広いです。
私たちが生活している地域全体とか、
所属しているグループ全体、会社なら会社全体、
学校なら学校全体、
くらいでしょうか。

続・世間体

人に嫌われたくない、と思うときの「人」とは、
今身近にいる人たちですよね。
生活している地域の、知っている人たち、
所属しているグループや会社の、自分に関係ある小さな範囲、
学校ならクラス全体か、友人グループメンバーか。

かなり範囲は狭くなりますが、

結局「世間体」を気にして自分の態度を決めるのと全く同じ事です。

「世間体」を気にする人も、
「人の目」を気にする人も、

何かを行動したり決めたりする時の「基本軸」が自分の中にないのです。
自分の事を決めるのに、自分の外にいるだれかを「基本軸」にして決めている。

そこに自立し独立した「私」という存在は、ないのです。

その呼び方が「世間」から「人の目」に変わり、
範囲が狭くなっただけで、

中身は一緒。

ですよね?

親や祖父母の世代に傷つけられてきて、
その親や祖父母を受け入れて許せるようになるな、、、、、

などと考えた私は傲慢でした。

私たちも全く同じことをしていたのです。

この情報はちょっとしたショックでした。

例えば私たちが親として子供に対する時に、
「人にどう思われるか、、心配だから、人の目が気になるから、、」
という理由で何かをしているとしたら、

それを見た子供たちは、

お母さんは私の気持ちよりも、
人の目の方が大切なんだ、、、、
私には価値がないんだ、、、
私はお母さんに愛されていないんだ、、、、、、

と傷つくことでしょう。

しっかりと世代間連鎖しています。

このネガティブな連鎖を断ち切らなければ。
それは私たちの仕事なのだ、とさらに強く意識した私でした。