見捨てる、見殺しにする、ということ

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

パパと息子

もう随分前のことになりますが、理玖ちゃん事件、覚えていらっしゃいますでしょうか。

覚えていない方のために掲載しますね。

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神奈川県厚木市のとあるアパートの一室で
斎藤理玖(りく)ちゃん=当時5歳=が
白骨遺体で見つかった、という事件がありました。

亡くなる前の最後の姿を見たのは、死亡に気づく1週間前。
「立つことさえもできず、か細い声をパパと呼んでいた。
怖くなって、1時間もいることができず家を後にした」

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言葉を読んだだけで辛くなりませんか。
きっと誰しもが胸い痛みを感じることでしょう。

この事件により、私は今の仕事を一生涯やるのだ、と決意した
そのルーツに近づけたような気がしました。

これについてはまた別の機会にお話ししましょう。

今回は、この事件の意味について考えてみたいと思います。
見殺しにした犯人であるこの父親はおそらく
「見殺しにすること」そして「見捨てること」がどのようなものなのか
深い深い体験が必要だったのでしょう。

理玖ちゃんは、父親がその経験をするためにこそ
自分の命を差し出す約束で生まれてきていたのかもしれません。

この父親を責めるのは簡単です。
でも、もしそこに何かの感情
例えば怒りや悲しみ、恐怖などがわいてきたのなら

きっとあなたも同じような体験をしたことがあるのだと思います。

または、やる側になったことがあるのかもしれません。

両方について考えてみてください。

そのままほったらかせばとんでもない状態になると分かっているのに、
助けられるのは自分だけなのに
「逃げだした」ということ。

またはあなたが被害者側に立っていて、誰かが「逃げだした」

または、そうしたいと思ったけれど、耐えた。
もっと早く助けられたのに
わざと引き延ばした。

そんな経験、ありますよね。

私はすぐにいろいろ思いつきました。
した方、された方、そして
自分自身に対してやったこともありました。

逃げるが勝ち、ということもありますが
絶対に踏みとどまらねばならないこともあるのです。

逃げないぞ

この悲惨な事件をきっかけにして
人を見捨てた、見殺しにした、という経験や
それをされてしまった自分を見つけられれば
自分をちゃんと癒していくことができれば

それを理解させるために命を差し出した理玖ちゃんの
冥福を祈ることになるのではないかと思います。

まず、内なる自分と対話をし、
問題があったら、このエナジーを。

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少し重たい話をしてしまいました。

それでは。