「これって、私に欠かせないものでしょうか」

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

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今日は「これって私に欠かせないものでしょうか」という
よくある質問へのお答えです。

えっと、いっぱい書きます。

いる、いらないのラインって、決めるのは自由なんです。

生き残るために
勝つために
楽しむために
生きがいを得るために

欠かせない

私たちってきっと父母から

「そんなもの要らないでしょう!」
「あなたに欠かせないわけじゃないでしょう」

なんて言われたことがあると思うのです。

父母は「欠かせないもの以外は認めない」
そういう価値観を持って選択を迫るので
自分に欠かせないものならば何とか説得する必要があります。

そんなクセがつくと
大人になっても自分の価値観で決められず
必要か否かで決めるようになってしまいます。

必要か否かというのも判断するのが難しいのですが
とにもかくにも「これは私に欠かせないもの」と納得できさえすれば
罪悪感なんて感じないのです。

後になって「いらなかった」「そうでもなかった・・・」と思ってしまうと
つまらないものにお金を出したことに罪悪感を持ってしまうのです。

「欠かせない」というのは、罪悪感がある場合の免罪符のようなものとして使われるのです。

だからこそ「これって私に欠かせないものでしょうか」と聞く人は

失敗はイヤ。
思い切って背中を押してほしい
間違えるのはイヤ
もしダメでも、「だっていずみさんが・・・」と言い訳できるようにしたい。

きっとそうだと思います。

無意識にそういう感じになっているのでしょう。

誰でも初めての時は心配ですし
スピリチュアルのように形なきものであれば
ますます心配が募るのは当然と言えば当然。

今日は続けてマズローの「欲求5段階説」についてもお話します。

マズロー

「不可欠」と言う言葉を「欲求」に置き換えます

この図は「マズローの欲求五段階説」を説明したもの。
知っている方の方が多いかもしれませんね。

三角形の図形の一番底辺から上に向けて順に「生理的欲求」
「安全の欲求」、「社会的欲求」、「尊敬評価の欲求」
「自己実現の欲求」そして最後に「自己超越」となります。

人はいろんな状況で、またいろんな要求を持つものです。
満たされると、その上の欲求を満たすことに目を向けていきます。

つまり生理的欲求である、呼吸、衣食住、睡眠などが確保されると
今度は次の段階の欲求である安全を欲する。
健康や家族の安全や、財産の維持に目が向くのです。

落ち着けば、今度はさらにその上。
社会的欲求の、友情や家族の絆、愛情を必要とするようになります。

こんな感じで下から順に上がっていきます。

この図を参照すれば、自分が今どの段階なのかが分かるでしょう。
そして、状況に応じて必要とするものが変わるのも理解できるはず。
素晴らしい聖人君子でも、おぼれかけた時には
息をしたい、という生理的欲求がトップにくるはずなんです。

ですから、私に「これって私に欠かせないですか?」「私に必要なものって何ですか」と聞く人は、きっと何か望みがあり、それを叶えたいからこそこの質問をするのです。

そうなると、何が大切かと言うと、望んでいるものは何かを理解することです。
実現させたい何かがあるからこそ、これは私に必要なのか、必要なものを知りたいと思い、質問へとつながるのです。

でも、一番大切なのはあなたが望むものです。
どんな夢を見て、どんな希望を抱き
何をどう叶えたいと考えているのか。

それこそが大切なのです。