愛と境界線

愛と境界線

こんにちは、フェアリーブルーの福本いずみです。

メルマガや記事を書くときって、毎回、自分自身のハートや頭の中との
話し合いになりますね。

前回の「境界線」についても、これは自分のことなんだな・・と
しみじみ考えてしまいました。

それでは今回は、もう少し突っ込んで「愛と境界線」について考えてみましょう。

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「境界線」って、自分で意識的に考えるまでは、無意識に引いているものですよね。

相手との親しさによっても変わりますし、相手のことがどれだけ好きかによっても変わってきます。

そして、相手が境界線を越えた時は、怒りや気持ちの悪さを感じます。
ですから、自分の境界線がどこにあるか、ある程度、把握しておくと便利です。

そして「愛と境界線」について考えるとき、
リズ・ブルボーの『<からだ>の声を聞きなさい』という本の一節が参考になると思います。

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愛とは、他者に、すべての<空間>と、すべての<自由>を与えることです。
また、自分自身にすぺての<空間>と、すべての<自由>を与えることです。
愛とは、他者がやりたいと思っていることを、尊重し、受け入れることです。
愛とは、他者の願望と意見を―たとえあなたがそれらに同意しなくても、
あるいはそれらを理解できなくても―尊重し、受け入れることです。
愛とは、また、いっさいの期待をせずに、与え、導くことです。

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これを読むと、前回、私が「境界線を越えるのは愛ではない」と書いた
理由がお分かりになりますね。

また、誰の言葉か忘れてしまったのですが、

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愛とはハートを開いて相手をその中に入れること

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これを考えると・・「愛には境界線がない」のですね。
これは、「境界線を無視する」のとは別のことです。

前回の最後にもチラッと書きましたが、
人は「一体感」を感じられるようになると、境界線がなくなってしまうのです。

観客みんなが一体になって盛り上がったコンサート・・
友人と飲んで、話して、深いところまで心が通じ合ったような会話・・
愛する人と、いいセックスができた時・・

こんな、「境界線がないけれど、最高に心地いい体験」をしたことはないでしょうか?

考えてみれば、「愛」自体が無条件なもの。
だとしたら、「愛」に境界線がないのは、当たり前のことなんです。

そこで、やはり逆に考えてみると
「境界線がないものは、愛だ」

・・そうでしょうか?
やっぱり、これは違うのです。

ここで、私の体験談をお話ししてみましょう。

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私がいろいろなことを学び、内面を探求していた頃・・
気がついたことがありました。

「人と親しくなるのが怖い。人と親密になりたくない」
「人と親しくなりたい。深く繋がる感覚が欲しい」

正反対の、2つの感情が同時に存在していました。
ですから、この葛藤が、さまざまな問題を引き起こしていたのです。

私は、人と親しくなりたいために、積極的に親しくなれるような行動をとるのです。
だけど、そのうちに「恐れ」が顔を出してきて、無意識に強力な境界線を作り出す・・

親しくなってきた相手は、突然の拒絶に「何で!?」と裏切られた気分になるでしょう。
そして、離れていきます。
そして私もまた、裏切られた気持ちで寂しくなってしまいます。

ですが一方で、人と近づきすぎて、自分が傷つくのではないかという
恐れを回避できたために、心のどこかではほっとしているのです。

私は幼い頃から、引越しばかりしていました。
親しい友人ができても、すぐに別れの辛さを味わってしまう。
何度も繰り返すうちに、次第と「自分が傷つかない」方法を考えていったのです。

「人と親しくならないこと」

つまりこれが、私の人生のテーマの一つなんですね。

ですから、解決には時間がかかるのです。
それでも、あきらめずに何度でも、感情のジェットコースターから降りるのです。

「誰かと深く関わるのが怖い」
「人は必ず、私から去っていく」
「人とは仲良くならない方がいい」

私はその感情に、「孤独になる恐怖」と目印をつけました。
そして、ジェットコースターから降りるのです。

「誰かと親しくなりたい」
「深いつながりを感じられる相手が欲しい」

これにもまた、「孤独になる恐怖」と目印をつけて、
ジェットコースターから降りました。


気がついてみたら、どちらも同じ目印なんです!
結局、どちらの問題も、同じ根っこだったんです。

そして、
「またこのテーマ!!いつになったら卒業できるの!?」
という感情が出てきます・・

「苛立ち、私は進歩していないという批判」という目印をつけて、
もう一度、ジェットコースターから降りました。

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愛と境界線

「孤独になる恐怖」って、実はエゴ様の得意技なんですね~・・

あまり考えてもドツボにハマるだけなので、

「ま、しょうがないか!」

くらいに考えた方がいいかもしれません。

それから、
・何を恐れて境界線を引いているのか?
・どの辺に境界線を引いているのか?

自分でしっかり意識して、確認しておくと、感情のジェットコースターからも
降りやすくなりますね。

無意識に引いていた境界線を、自分の意志で調整できるようになるんです。

「ここまでは人を受け入れてみようかな・・」と、近づけてみてもいいし
「やっぱりまだ、このままでいいや」と、保留にしておくのもアリですね。

「境界線が近すぎるから、相手がズカズカと入り込んでくるんだな・・」と、
あえて遠くに引きなおすのもいいでしょう。

選択肢が広がるだけで、気持ちはとっても楽になりますよ(^-^)

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◆おまけ

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以前、「生半可な愛」について書きました。

無意識に引いた境界線を、意識しないままにしてしまっている人・・

その人には、「生半可な愛」しか与えられることはないでしょう。

感情のジェットコースターから降りて、自分の境界線をしっかり引きなおす。

それができるようになると、次第に境界線が消えていくんです。

その時はじめて、「生半可でない愛」が姿を現します。

「愛」はいつでも、そこにあるんです。

境界線のない、無条件の愛。

相手との距離間に、「何か違う・・」と感じたときは、
それは境界線を見直してみて、という合図です。

無条件の愛からの、サインであり、ヒントなんですね。