セントマイケルズ・マウントの礼拝堂の奇跡


なんだかよくわからない廊下を逢坂華代さんとそそくさと歩いていくと、いきなり外に出ました。
そこからさらに少し回り込むと、、、ありました*\(^o^)/*
礼拝堂です。
しかも、ミサをしているらしき美しいパイプオルガンの音がっっっっっ

心臓がドキン、と大きく跳ね返るのを感じて、ウェルカムムード満点で開いている扉を目指して小走りになります。
そして中に入れていただくと、インカムをつけた男性が「中にどうぞ」と身振りで言ってくれました。

恐る恐る、一番後ろの椅子に腰掛けます。
誰かが今日のミサの内容がプリントされた紙をくれましたが、全く読めません。

私、幼稚園はキリスト教系だったのですが、、、こういう場所でどのように振る舞ったらいいのかが全くわかりません。
でも、読めるふりをしてもらったプリントを眺めながら、荘厳で美しいパイプオルガンの音を聞いていました。

礼拝堂は決して広くはありません。でも、ステンドグラスは素晴らしかったです。

こっそり録音した音声は、神父さんのお説教です。

私は聞くふりをしつつ、その場のエネルギーを感じたりステンドグラスを眺めたりしていました。

そしてこちらは賛美歌の音声です。激しく雑音入ります。
カバンの中のスマホで録音していて、よせばいいのに私はカバンの中身をかき回していたようです。
残念な事をしました。


そしてそろそろミサも終わりに近づいた様子です。
椅子に座って参加していた人たちが、前に出て神父様のところでひざまづいて、何かを受け取っています。パンと水の様です。

それを見て、「私も行かなくては」と思いました。
でも行ってもいいのでしょうか?
こういう時のお作法は??

そして、前に出て行くという行動を考えただけで、身のすくむような緊張が生まれます。

でも、、、、あそこに行きたい、、、

それで、華代さんに先に行ってもらい、後から私がついていって、彼女のお作法を真似すればいいのよね、と思いました。そうすれば安全です。

でも、、、なぜか華代さんはモタモタしているし、、、私はあそこに行かなくてはならないのです。
どうしても行かなくてはならない。
それで「私行ってくる」と華代さんに宣言して、躊躇を振り切って前に出て行きました。

何人も人が並んでいます。というか、ミサに出席した方全員が並んで、神父さまからお水とパンをいただくのだと思います。特に緊張するような事ではなく、儀式として信仰の証としてするのでしょう。

私の前の女性が、下の写真の赤いクッションに膝をついて、両手を胸の前でクロスさせました。
私も真似をして赤いクッションに膝をついて、胸の前で両手をクロスさせます。
そのポーズをとると、ざわついていた心がスーッと落ち着いて行きました。

前の方が終了し、神父さまが私の前に来られて、私の頭に手のひらを優しく乗せてくれました。
その瞬間、神父さまの手のひらを通して大量の光が降りて来て、私を貫きました。
ひざをついていなければ、よろめいて転んだのではないかと思えるような、強い衝撃でした。

次の瞬間、私の内側から何かが上がって来ました。
こらえ切れなくなり、その何かは激しい嗚咽となり、私からほとばしり出ました。

となりにひざまづいた華代さんの方に行っていた神父さまが、驚いて戻って来られました。
嗚咽の発作はますます激しくなります。
心配した神父さまが真っ白い手を差し伸べてくださったので、私はその手を握りしめて、思いっきり泣きました。泣いて泣いて、泣いて、泣いて、、、、

神父さまは本物の神父さまでした。

人はみな、内側に様々なものを持っています。様々な感情を抱えているし、様々な思考が頭を巡っています。それがその人らしさであり、性格や個性と呼ばれるのです。
でも、この神父さまにはそういうものが何もないのです。
何もない空間、空洞、スペースがそこにあるだけで、余分なものが微塵もない方でした。
大天使ミカエルのエネルギーをただ、届けてくださったのです。

こんな方には初めてお会いしました。

そこで号泣しながら分かった事があります。

実は2〜3ヶ月前から、フェアリーブルーの癒しのプロコースで話題になって盛り上がっていた事があるのです。それは、参加メンバーの全員が、過去世で私の生徒さんだった事があるようなのです。
その時の私は魔女で、薬草やエネルギーワークなどを長年に渡って教えていたようです。
今の生徒さんたちは、何らかの形でこのクラスに参加していたようなのです。

そしてそれは多分イギリスです。

イギリス行きを心に密かに決めたのは、一年前のインドへの聖地巡礼の旅の直後でしたから、魔女だった過去世なんて考えもしていませんでした。

そしてもう一つの最近の私のキーワードが「罪悪感」です。
私は子供時代からたくさんの罪悪感を抱えていて、ほとんど癒されたはずだったのですが、まだ少し残っているのだな、というのに気づいたのが、旅行の数週間前です。

神父さまに大天使ミカエルエネルギーをいただいて、号泣しながら分かったことは、
その魔女の先生だった時代にもたくさんの罪悪感を持っていたという事です。
黒魔術に走ってしまった子供や、能力がありすぎたために目立ちすぎ、捕まってしまった子供や、、、
自分の力が至らないために起きた様々な出来事に、深い罪悪感があったようです。

そしてそれだけではなくまた別の過去世でも私は似たような事を何度もしていました。
仏教系だった事もあるし、キリスト教系だったこともあるようです。
他にもよくわからない様々なスピリチュアル的なものを信じ、修行したり教えたりしていたようです。

そして、私の力が足りなかったために助けられなかった生徒さんたち、、、、
私はそういう罪悪感を、輪廻の中でたくさん作ってしまったのです。

その年季の入った何代にもわたる罪悪感を、大天使ミカエルが綺麗に浄化して消し去ってくれたのです。

そして「許された」という開放感が広がりました。
私は許されたのです。
至らなかった私なのに、許されたのです。

一旦落ち着いて泣き止んだ後も「許されたのだ」という実感が湧き上がるたびに涙が溢れました。

礼拝堂を出た後に逢坂華代さんが聞いてくれたのですが、
大天使ミカエルのお祭りの日が9月27日で、私たちが行ったのは9月24日の日曜日だったのですが、
日曜日という事で開かれていた大天使ミカエルの今年最後のミサに、私たちは参加したのだそうです。

これもすごい偶然でした。

セントマイケルズマウントを去る時間になりました。
もっと長くいたい、ずっとここにいたい、と思いつつも、足は軽々と坂道を下り、心は軽く晴れ晴れとして爽やかでした。

下の写真は、干潮になり本土と島を結ぶ道が現れたので、みんな歩いて戻っている写真です。
浅瀬になったのでもう船では渡れません。

そして今気づいたのですが、この角度からだと山が見えないです。あんなに高くそびえていた岩山も礼拝堂もどこに隠れてしまったのか、、、、あそこに行ったのは夢だったのか、、、、、